パリジャン風に・・・
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新年を迎えてから早や2日目も過ぎようとしています。 お屠蘇気分もまだ一杯のときに、本筋のサージュ切手の、少々堅苦しい記事もどうかと思っているところへ、おりよくジョージさんから、お馴染みの「オーラを放つ逸品」の投稿がありました。 それはもう、華やかなたたずまいの、美しい手彫りのエンタイヤです。 正月の喧しい娯楽番組に食傷気味の皆様にはまたとない、癒しとなることでしょう。 下記にその写真とジョージさんの興味ある説明文を紹介します。・・・・
オーラを放つ逸品 竜2銭貼 ◎西京N1B1明治6.4.9朱印 文献ではUの使用例 去年(2008年)の1月のオークションに竜2銭貼のエンタが、日フィラとタカハシとで計4点出品されました。私はその中からこのエンタを選びました。 抹消印が二重丸の朱印だったからです。 色変わり印というのはヒロジージさんのブログに書いてあるように、何らかの記念の意味があります。 この場合は新しい印が配給されたのを祝ってのことでしょう。西京への、N1B1印の配給日は明治6年4月1日で、このエンタは9日目の使用例となります。 これだけでも十分珍しいのですが、実は竜銭切手に西京の二重丸印が押されている例は文献によると未発見なのです。確かに、和桜朱2銭には初日印も存在するのですから、西京局に二重丸印が届いたときにはすでに竜銭切手の在庫がなかったと想像できます。 このエンタに貼られた竜2銭切手は郵便局で買ったものではなく、差出人が買い置きしていたものなのでしょう。その証拠となるのが寺の印です。 京都寺町の郵便函から差し出したものだと分かります。時間の都合でやむなくオークションには立ち会えませんでしたが、落札の一報を受けたときは天井に頭をぶつけるくらいに飛び上がって喜んだものです。 エンタというより正確には巻紙なのですが、私の数少ない手彫エンタの中では異彩を放つ逸品なのです。 ヒロジージの感想・・・ 差出人の屋号らしき、「丸に 灰茂・京都」の、渋ーい印が押されていますが、茶道の炉に使う灰でも扱っていた大店でしょうか。 いかにも京都ならではの雰囲気で、西京の朱印にぴったりの印象に惚れ惚れとします。
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今日はもう5日、ほんと速いもので、正月休みも終わってしまい、皆様、仕事始めですね。 でも幸か不幸か、爺には余り関係がなく、呑気に郵趣三昧です。 さて、ジョージさん、ここ2ケ月ばかりのサージュ切手についての記事は如何でしたか? 少しは有意義だったでしょうか?・・・・・今年もこれから、テーマに沿ってこのブログを続けたいと思っていますが、 年初故、日時に関係するテーマ「サージュ切手の発行日」についてのより詳しいデータを紹介します。 ブログの最初の頃に掲載した「CERES」カタログのそれは、極、大雑把なものなので、1975年のイベール専門カタログのデータを転載します。 それと、ジョージさんはとりわけ切手の初期使用例を珍重されるので、2,3 私蔵の実例をご覧に入れます。
上記、左の15c 切手の日付 {14 OCT 76} は 11 OCT の様にも見えますが、もしこれが「11」であれば、発行日前の使用例となり、珍品となるでしょう。 果たして皆様はどちらと判断なさいますか?・・・・・
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もう何年ぶりだろうか。 こんな張り詰めた気分のネットオークションのビッドは。 クローズ寸前7秒前のボタン押し。 爺には厳しい徹夜に近い明け方の入札。 しかもぶつは稀代の逸品・(と信じているが)・・・・そして、落札成功。 終わっても暫くは興奮冷めやらぬ気分。・・・・・ 詳しくはジョージさんの投稿記事をお読みください。・・・・
オーラを放つ逸品
郵趣界に2枚目が降臨 旧小判45銭記番印
データ:旧小判45銭無地紙P10記番印イウ16号(長崎)
(写真はネットに出ていたのをそのまま転載)
日本切手名鑑小判を読むたびに必ず立ち寄る頁が旧小判45銭でした。 そこにある記番印を眺めながら、こんな素敵な切手があるのだな、と、あこがれていました。 1月5日、ヒロジージさんからのメールに『明朝4:10終了のイーベイオークションに出ているが、どうしますか?』という旨のメッセージとともにこの画像が送られてきました。 一目見て本物だと直感しました。 入札はヒロジージさんに代行していただきました。 結果が分かるまでは大学入試の合否を待つ受験生に戻ったような心境でした。 落札後、かの高名なクラーク博士の「ボーイズ・ビー・アンビシャス(直訳:趣味人よ、大志を抱け)」の言葉通りに念じれば通じることもあるものだと改めて思いました。 それと同時に、この切手と縁を結んでくださったヒロジージさんには、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。 本当に本物なの?と疑問を呈する方もおられるでしょう。 答えは簡単。 自分自身で本物と信じているのだから、それでいいじゃん。 切手展や鑑定、オークションには出さず、我がコレクションの秘宝にします。 世に出るのはこれっきりでお終いの逸品です。
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もう何年ぶりだろうか。 こんな張り詰めた気分のネットオークションのビッドは。 クローズ寸前7秒前のボタン押し。 爺には厳しい徹夜に近い明け方の入札。 しかもぶつは稀代の逸品・(と信じているが)・・・・そして、落札成功。 終わっても暫くは興奮冷めやらぬ気分。・・・・・ 詳しくはジョージさんの投稿記事をお読みください。・・・・
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: : オーラを放つ逸品 郵趣界に2枚目が降臨 旧小判45銭記番印 データ:旧小判45銭無地紙P10記番印イウ16号(長崎) (写真はネットに出ていたのをそのまま転載) 日本切手名鑑小判を読むたびに必ず立ち寄る頁が旧小判45銭でした。 そこにある記番印を眺めながら、こんな素敵な切手があるのだな、と、あこがれていました。 1月5日、ヒロジージさんからのメールに『明朝4:10終了のイーベイオークションに出ているが、どうしますか?』という旨のメッセージとともにこの画像が送られてきました。 一目見て本物だと直感しました。 入札はヒロジージさんに代行していただきました。 結果が分かるまでは大学入試の合否を待つ受験生に戻ったような心境でした。 落札後、かの高名なクラーク博士の「ボーイズ・ビー・アンビシャス(直訳:趣味人よ、大志を抱け)」の言葉通りに念じれば通じることもあるものだと改めて思いました。 それと同時に、この切手と縁を結んでくださったヒロジージさんには、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。 本当に本物なの?と疑問を呈する方もおられるでしょう。 答えは簡単。 自分自身で本物と信じているのだから、それでいいじゃん。 切手展や鑑定、オークションには出さず、我がコレクションの秘宝にします。 世に出るのはこれっきりでお終いの逸品です。
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先の6日の明け方以来なんとなく落ち着かず、サージュ切手の記事を更新する気持ちも湧かずにいます。・・・が、それも仕方ないと思うほど、今度の旧小判45銭の記番印切手の落札は刺激的でした。 まさに 「 郵趣界に2枚目が降臨 」とジョージさんが声を上げずにはいられない程の出来事でしょう。・・・・・ 以下の記載写真は皆さんご存知の日本切手名鑑の旧小判45銭のページですが、上の写真と比べてみてください。「記番印イウ一六号」の消印はほんとにそっくりです。 押し方の癖や位置など全く同じで、同一の局員が同じ印を使ったことが想像できます。 旧小判45銭の記番印は、日専のカタログ2009では(U)となっていますが、名鑑が刊行された当時、既に唯一の存在として紹介されていたのです。 しかし、名鑑の解説ページにも述べられている様に、いろいろと疑問を提示する考え方もあって、ずーと日陰の身であったらしいです。 実物が日本に到着するにはまだ幾日か掛かりますが、今度の2枚目の切手の出現によって、長年の疑問が払拭されるであろうと確信しています。
この2枚目の切手は、イーベイの某大手業者の1$スタートの大口のロット出品物に含まれていたものです。 1$スタートとは、「内容については、その真偽は保障しません」よ、という意味合いで、まさに玉石混合といった感じであり、何枚かの手彫りは偽者でした。 私も当初からひそかにウオッチしてきたのですが、残すところ7時間余りの時点で数千ドルとなり、オークションハンターにとっては採算割れのレベルに達したと判断して諦めたのでした。 若し私が名鑑の事実を知っていたら成り行きは全く違ったものになったでしょう。 残念なことに所有していた、名鑑の全集は10年ほど前に処分してしまったのです。 しかし、もしやと思い連絡したジョージさんが、本気かと戸惑うほどの額、万という大台での上限を提示して代行を依頼されてきました。 名鑑の45銭のページが脳裏に焼きついていたジョージさんは即座に真物と見抜き、「乾坤一擲」の勝負に出たのです。 ほんとに日本切手の収集については、ジョージさんはまさに豪傑です。 それから明け方までの数時間、ビッド終了まで、メールでいろいろと切手について語り合い、若い頃に戻ったような気持ちでした。 最終的には同胞らしきビッダー4人の争いとなり、ラッキーなことに、万の大台には至らず、その半分ほどでの落札でした。 時間延長でとめどなく続くヤフオクと違って、延長のないイーベイは、腹の据わった一発が勝負を決めます。 終了数秒前にボタンを押す時のあの気分、味わった者にしか解らないスリルです。 掘り出し物がめっきり少なくなった昨今のイーベイにも、まだこんなものが見つかるとは、イーベイはほんと、奥が深いです・・・・
あ、そう忘れるところでした、 「大志を抱いた趣味人」 豪傑ジョージさんはまた、心優しき人でもありますぞ。 ロットにあった、ぱりっとした「もう一枚の旧小判45銭の外信消し」 なにを隠そう45銭が2枚あったのですぞ。 それをジョージさんは親しき友人に贈呈することに決めたのです。 自分は記番印45銭だけでいいと。 そして、残りの切手数百枚は爺への感謝の印だそうです。 いやー、その懐の深さにはジージも感激ひとしおです。 ほんとに持つべきものは親しき友であります・・・・・あとはロットが無事日本に届くことを願うばかりです。
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ジョージさん、旧小判45銭記番印切手も無事届き、切手の状態も良く、期待に違わぬ逸品である事が確認できて、先ずはご同慶の至りです。・・・・・・・
さて、ブログも本筋のテーマに戻って、今日はサージュ切手に見られるフランス在外支局の日付抹消印について、紹介したいと思います。・・・・フランスに於ける郵便事業が軌道に乗る、19世紀の半ばから1920年代にいたる間に支局を置いた国はおよそ17ケ国(主権国家)で110局の支局が存在しましたが、その大半はTunisie, Syrie, Egypt, Turquie, Crete等の地中海に面した国によって占められています。 東洋ではChine, Japon の二カ国です。(当時、アルジェリアは自国の領土であったのでこれには含めません。 またインド支那等の植民地であった各国は含まれません) その中でサージュ切手に押された主要局で比較的多く見られるのは下記の局です。日本にあった局は YOKOHAMA(June 1865 to April 1880)のみで, 1876年に発行されたサージュ切手は使用可能年数が4年間と極短いので、日付抹消印を残念ながら、今まで私は見た事がありませんが、果たして存在するのか、どうか定かではありません。 しかし、イベールの専門カタログには、評価額も記されて存在すると記録されています。
以下に私蔵の実例をいくつか紹介しますが、 在中国局は別途、次回の記事で特集いたします。
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旧小判45銭の記番印の切手を手にしたジョージさんが、拡大スコープにて綿密な検査をした結果を写真と共に知らせて来てくださいました。 皆様もきっと興味があると思いますので、以下に紹介いたします。(画像は全て拡大できます) ・・・・
「「早速、切手を調べました。 記番印のほうは50倍の拡大スコープで紙質を見たら、繊維が太く、目打の切れ方も無地、木綿に見られるものでした。 印のほうは確かに押されたあとがあり、(インクの跡が不規則)経年によるインク滲みも確認できました。 本物です。」」
以下にもう一度、切手の拡大全影像を載せますので、興味のあるかたはご覧になってください。
落札に携わった当事者としてではなく、一門外漢としてこの切手の真偽の感想を述べてみれば、先ずはこの切手のもつ、なんとなく気品のある優雅さと、記番・イウ一六号の(イ)が欠けていることではないでしょうか。 若し偽造した印であれば、わざわざ(イ)の字を抜かして作るとは考えられません。 それに使用された局が長崎という45銭のような高額切手が置かれるにふさわしい局であること、などなど。 切手名鑑にある前例の印影と瓜二つであることも大きな説得力を持っています。 切手名鑑が刊行されてからもう20数年経っていますが。 あの日陰の身であった旧小判45銭の記番印イウ一六号切手は今頃どこでどうしているのか知りたいものです。
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今回は在外局のなかでも独自の経暦を持つ在中国局について述べたいと思います。 中国に於いて最初に業務を始めたのはSHANG-HAI 局のみで1862年に開局されました。 以来 「5104」 の「GROS CHIFFRES(大数字)-点菱形抹消印」が使用されてきましたが、1876年に日付抹消印が一斉に導入された時も、中央政府の制約を余り受けなかったこの局は、「5104」を1887年までずっと使い続けました。 そのため、上記のサージュ切手35cのような事例が残り後々の愛好家のお宝となりました。 私の数千枚のサージュ切手のストックにもたった一枚しかありませんでした。 中国にはこの他にTIEN-TSIN(1889年開局)、HAN-KEOU(1898)、TEHE-FOU(1898)、PEKIN(1900)、AMOY(1902) 等の支局が設うけられましたが、TIEN-TSIN局以外の局は余り資料が残されていません。 現在のベトナムに近い、中国南部地方の郵便業務は当時の仏領インドシナ(Colonie France Indo-Chine)の管轄化にあったので在中国局とは別のジャンルとなります。 やがて1887年以降日付抹消印が本格的に使用される様になり、1894年にサージュ「Chine」加刷切手が発行されるまで、無加刷サージュ切手が流通しました。 以下にその私蔵の実例を紹介しますが、消印はType18 (小型印) とType 84(MATHIEUの分類ではCachet A) (大型印)の2種類が同時に使われています。
ところで、先に述べたサージュ「Chine」加刷切手は、1894年前後に各フランス在外局で、それぞれの国での個別の加刷がサージュ切手にほどこされたのと同時に、印刷発行されたのでした。 下記2点の実例は私蔵のSHANG-HAI局使用のオンピースと、TIEN-TSIN局使用の加刷往復ハガキの往片です。 このエンタはかなり希少な使用例です。 ・・
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: さて、ジョージさん、今迄はサージュ切手のいろいろな特殊抹消印に重点を置いて紹介してきました。 が、ここらで全体的な、日付抹消印の Cachet Type の種類と変遷 を展望してみたいと思います。 ブログの開始時に、 上記の 「Armand MATHIEU」 のカタログを引用したのをご記憶ですか。 今日はそのなかの Cachet 15 について話しましょう。 この Cachet 15 は フランス切手が発行される以前の1838年ころから郵便物に使用されてきました。 主として証示印として使われ、稀に切手の抹消にも使用されました。 1868年頃に次のタイプ Cachet 16 に変わるようになりましたが、サージュ切手の発行後も稀に使用する局もあり、その存在はかなり希少です。 Cachet 15 と、その後のタイプの顕著な違いは、集配時間が記載される様になったことです。 : : このタイプの流れでサージュ切手にも使用されている抹消印では CHARGEMENT すなわち書留印(21mm)がありますが、なかなかの希少印です。 後日この印については特集を組みたいと思っています。 それと前回に取り上げた、在外局の小さい活字のタイプの抹消印 (例:ALEXANDRIE・EGYPT)などもこの流れのタイプです。 : : :
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今回も引き続き、日付抹消印の Cachet Type の種類と変遷 について話しましょう。 1868年頃にこのタイプが導入されましたが、その主たる理由は、日付抹消印に郵便物収集時間が入れられる様になった為です。これは日本などで云うところの便号ですね。 LEVEE と、称されてるもので、 1E(第一便)、2E(第二便)の記号が日・数字の左隣に入れられるようになりました。 大きさは直径21mm、 Cachet 15と同じで、 多くはその印鑑を改造して使用されたとそうです。 その入れる場所を作るため Cachet 15に在った内側の円を除去したのでこの様な一重円の抹消印が出来たわけです。 サージュ切手以前の使用例も少しは見られますが証示印使用がほとんどであったため、切手上に見られる単片はとても少ないです。 勿論サージュ切手にいたっては、まともな消しの単片はかなり希少です。 私のストックにも、下記に紹介するように、わずか10枚でした。
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だいぶ本筋の堅苦しいお題が続いたので、ここらで一休みして、「オーラを放つ逸品・その6」を紹介したいと思います。 去年このシリーズ第一回の旧小判4銭白抜記番の2つの切手の投稿をしてくださったジョージさんから、その直後にこの記事を寄せていただいていたのですが、今日まで大事にとっておきました。 ジョージさんの軽妙なお話と共に、この切手の美しい姿をお楽しみください・・・・・・
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: : オーラを放つ逸品 駄物と見間違えるような消印 データ:冨士鹿第1次(旧版)8銭 和文ローラー名古屋赤塚5年 この切手は、ヒロジージさんから先に紹介した旧小判4銭白抜記番イチ一と一緒に画像が送られてきました。 メールの本文に旧版8銭と明記されていましたのでそのつもりで画像を見て、「ウソ!ホンマか?」と思わずつぶやいてしまいました。 もし知らされないで画像を見ていたら、「(新版)切手に素晴らしい消し方で(郵便消の)初期使用が乗ってますねえ。」で済んでしまったかもしれません。 私は実際にローラー印で押印したことがありますが、よほど気をつけて転がさない限りこのようなド満月鮮明印はできません。 だから、まず消印に引き付けられるあまり、台切手はありふれたものと勝手に決め込んでしまうでしょう。 何せ名鑑採録のローラー印でさえ横向きのフラ消なのですから。 絶対とまでは言わないけれど、ありえない話だと思います。 現在はマーキュリー図入りアルバムの中で妖しげなオーラを放っています。 余談ですが、隣に欧文ローラー印も鎮座しておりました。 ひょっとしたらオークションに出るかもしれません。 あなたなら旧版8銭欧文ローラーいくらで買いますか? : :
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季節局「下野・中宮祠」の丸一印便号入り葉書
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久し振りにイーベイで実に楽しいハガキを見つけたのですが、これがまた嘘みたいな安価落札でした。 下記にそれを紹介しますが、小判赤2が貼られ「下野・中宮祠の丸一印:明冶35年9月21日ロ便」の抹消があります。 宛先はフランス語で、マドモアゼル・コルビザール、IMAICHO、AZABU、TOKYO とあり、差し出し人は推察ですが、男爵コルビザール中佐でその娘さんに宛てたものかと思はれます(2銭は当時の2種便では過剰料金)。 皆様ご存知の様にこの季節局「下野・中宮祠」のエンタはかなり珍しいものと思います。 美しい手彩色の写真の絵葉書ですが、文面にはこの写真の情景について短い説明がなされています。 推定される男爵コルビザールは日本郵趣界ではかなり知られている郵趣家で、明冶30年代に日本に派遣されていたフランス軍事顧問団の一員だったと(私は記憶していますが)。 彼は日本の初期の記念切手貼りの初日印エンタをかなり残しており、当時東京の麻布に住居を構えていました。 「下野・中宮祠」は日光中禅寺湖畔から戦場が原あたりへの地域ですが、当時の夏場の避暑地でもあったのでしょうか。
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: このエンタについて、日本切手の大ベテラン・ジョージさんから次の様な、貴重かつ興味ある内容のご意見を頂きました。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 季節局「下野・中宮祠」の変遷 ** 中宮祠やはり35年消だったのですね。 しかも差出人は郵趣家。 実に面白いです。 料金を間違えることはまず考えられません。 それなのに2銭切手が貼られています。 あくまでも仮説なのですが、ひょっとしたら郵便物取扱い初年度の35年にはまだ1. 5銭切手が配備されてなかったのかもしれません。 中宮祠という局は本当に不思議な局です。 33年に開局した当時は郵便電信取扱所でした。 菊切手の時代なのに使われているのは小判切手オンリーです。 縦書丸一印に消印が残されています。 普通の局なら菊切手が配備されているはずなのに。 郵便でも丸一印の時代は殆ど小判切手が使われています。 (ただし、3銭は36年の使用例を確認しています) 4銭にいたっては38年でさえも小判切手が使われています。 菊切手が使われだしたのは櫛型印になってからなのです。 私の手元には菊20銭貼43.7.22付の外郵書留エンタと、 1. 5銭青39.7.2付の単片とがあります。 丸一印で菊切手は非常に珍しいと思っております。 今後も中宮祠のデータを集めていこうと思います。 ヒロジージさんの葉書も今は料金過剰に過ぎませんが、35年には局に1. 5銭がなかったとしたら価値の高い適正貼エンタに変身です。 とにかく現在まで1. 5銭の丸一印は確認できておりません。 ミステリーハンターの如く中宮祠の謎を追跡中です。 これだから切手集めは面白いんですよね。 ** : :
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さて、ジョージさん、今回は引き続き、日付抹消印の Cachet Type の種類と変遷 についてお話ししましょう。 1868年頃に上記のタイプCACHETS 17が導入されましたが、その主たる理由は、前回にも言いましたが日付抹消印に郵便物収集時間 (Levee) が入れられる様になった為です。 Cachet 15 より一回り大きい直径23mm の二重丸の日付抹消印です。 このタイプはサージュ以前の切手上にも(主に低額面)見られますが、その実例は(Cachets 16程ではないが)余り多くはないです。 下に私蔵の実例を記載しますが、首都であるパリの中央局も数字(60)のSEINE 県のナンバーが入った印が一時使用されました。 パリ中央局と支局の日付抹消印はとても複雑で種類も多いので、これについては、改めて別テーマで説明したいと思っています。
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: 下記の実例はいろいろな地方の集配局の姿の良いものを集めてみました。 残存数は1875年に導入される次のタイプCACHETS 18 に比べるとずっと少ないです。 また、鉄道駅構内局の抹消印 [CACHETS DES GARE] で紹介した消印はこの CACHETS 17 も多く含まれていたのをご記憶されていると思います。 : : :
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