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2009年5月

2009年5月 1日 (金)

オーラを放つ逸品・その19

    *ブログの悩み・・・・

ジョージさんのサージュ切手研究の援けにと始めたブログですが、週に3回は記事をUPしようと努力しています。しかし、三回ともサージュ関連では直に種切れになってしまうので、ジョージさんにお願いして投稿記事を寄せていただいています。 せめて、サージュ関連を2、投稿記事 1、を維持したいのですが、とうとう今週は 1:1となってしまいました。 然しその投稿記事はますます興味深いものとなっています。

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オーラを放つ逸品

* 小判切手と不統一印

データ:

旧小判1銭黒無地紙10縦3連貼 半田不統一印 

裏面半田KG尾張知立KG三河

 オーラに登場する自称 『逸品』 は圧倒的にエンタが多いです。 自分のコレクションのスタイルは基本的に未使用と使用済との1種1リーフで、エンタの収集はどちらかというとサブコレクションになりがちです。それなら何故、単片のほうで記事を出さないのかと疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。 答えは簡単です。 記事になりにくいからです。 例を挙げておきましょう。 菊50銭櫛型12×12.5未使用であれば、『菊切手基本目打の最難関をヤフオクで 00円 でゲットしました。』  旧小判20銭20ミリCENZANも、『満月鮮明印がロットに入ってました。 日専には記載されていません。』 下手をしたら1行で終わってしまいそうです。 それに比べるとエンタは記事にする要素がたくさんあります。 郵便の種類やら証示印、配達の経路、日数、古い切手であれば使用年月日など、当時の郵便事情を想像する手がかりが残されている場合が多いのです。 という訳で今回もエンタを紹介させていただきます。 ・・・今回のテーマは旧小判切手と不統一印の組み合わせです。 消印の出現時期だけを見ると、消印の古さは不統一記番二重丸の順に並ぶのですが、旧小判切手に限っていえば決してそうとは言えません。 旧小判切手上に見られる不統一印は、例外なく記番印が配布使用された明治7年12月以降に開局した郵便局のものなのです。 (注:未納不足用としての不統一印流用はその限りではありません。) つまり、官製の記番印がもらえなかったので自局で抹消印として不統一印を作ったのです。 ほとんどの局で概ね記番印と同じように明治9年末頃までで使用を終了し二重丸印で抹消するようになりますが、それから数年間は細々と不統一印を使い続けた局も存在するようです。 それでは半田局での使用状況はどうだったのでしょうか。 半田局は明治9年4月10日に5等局として開局しました。 当然のことながら記番印の配布はありませんから(二重丸印は開局当初から証示印として配布されていたはずです。) 白抜きの『半』の字を抹消印として使いました。 旧小判切手の単片上に比較的多く見かけますから、9年以降も使い続けたに違いないと思われます。 エンタに貼られた1銭切手も最初期の無地厚紙ではないことからも証明できそうです。 それでも、半田局消のエンタの存在数はおそらく10通以内でしょう。 半田局に限らず、小判切手と不統一印の組み合わせは貴重だと思っています。 ここ数年来、旧小判の不統一印消エンタを20万程度でずっと狙ってきました。 でも縁がなかったのか、ひとつとして落札することはできませんでした。 そして今年になって初めてSEVENオークションで落札することができました。 値段も20万を切っており、今までの入札の最低の値段で落札できたことをうれしく思っています。 現在2匹目のドジョウを捜索中です。 (こんな値段ではもう無理かも) 

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2009年5月 4日 (月)

フランス切手特殊日付抹消印(5)・「その他」 (CAISSE) ほか

今日は本筋の フランス切手特殊日付抹消印・「その他」 を二回に分けて紹介したいと思いますが実例も少なく消印の性質自体の理解もいささかあやふやなものです。 何種類かあるのですがそのなかのいくつかの記事を下記にあげます。 評価はそれぞれの図(THIAUDEのカタログ)に単片(ありふれた消印の約20->100倍位)とエンタとのを記載してあります。 それ等は私蔵のストックにもほとんどありませんので、かなりの希少度です。

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                       Distribution_2

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2009年5月 6日 (水)

フランス切手特殊日付抹消印(6)・「その他」 (ARRIVEE) ほか・・・

前回に続き フランス切手特殊日付抹消印・「その他」 紹介したいと思います。 5種類の特殊印を下図に記載しますが、 いずれの印もその日本語訳が曖昧で且つどう云う機会に使用されたのかも不明です。 イベールの専門カタログにも、またかの Guy Maggay のHPにも詳しい説明がありません。 私蔵の実例も (ARRIVEE) の印があるサージュ切手が一点あるのみです。 大変情けない話ですが、まあ、こんな日付抹消印もサージュ切手時代には存在した事をご記憶ください。・・・・・

                   Arriveea

                          Arriveeb

                      Recouvements

           Guichet

                     Dargent

                 Contreseings

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2009年5月 8日 (金)

オーラを放つ逸品・その20

    *ミシュランならぬキバンイン [☆☆☆☆☆] 五つ星・・・・

今週末お届けするは、ジョージさんの 記番印型録五つ星のエンタ のお話です。 獲得と同時進行の軽妙な解説記事をお楽しみください。 { 日本記号入番号消印型録・古屋厚一著 } 参照

              Re521

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オーラを放つ逸品

* 最後のニホンオオカミがここにいた

データ:洋桜1銭ホ2枚貼 記番レ52号消鷲家口KG大和・吉野


 4月25日。 まだ入手が決まっていないのに、ヤフオクの画面を見ながら、これを書いてます。数日前に見たときは単なる記番の珍局、しかも切手は傷物と一笑に付したものですが、見ていくうちにこのエンタの魅力の虜になっていきました。 証示印の局名が4字に見えたので記番印カタログでどこの局かを調べたのがそもそものきっかけでした。 レ52号=『鷲家口』? はて、どこかで見たような気が。 それはともかくとして、この二重丸印の局名のできばえは最悪です。そこで、偽物である可能性から調べることにしました。 出品者は、その他の出品物や評価を見る限りでは、骨董屋さんのようです。 蔵出しの品かなあ。 そして、インターネットを駆使して、エンタに記されている村の位置を確かめました。その結果、差出は奈良県吉野郡の三尾村で、隣接する宇陀郡の麻生田村に届けられたこと、当時は鷲家口と宇陀地方とは行き交いが盛んだったことなどが分かりました。 どうやら本物のようです。 それにしても、普通の漢字の2倍もある鷲の字ってある意味すごいですよね。・・・インターネットの検索の過程で当然『鷲家口』も調べました。 検索結果を見たときに、やっと、はて?と引っかかった訳が分かりました。ニホンオオカミについてのタイトルがずらりと並んでいます。 これを見て、最後のニホンオオカミが捕獲された土地こそ、この鷲家口だったことを思い出しました。 捕獲されたのが明治38年のことですから、このエンタが送られた当時はオオカミが群れを成して山中を走り回っていたのではないでしょうか。 本当にとんでもない僻地(失礼)でした。 カタログ値の高さもうなずける値段です。 ・・・エンタの作りも少々変わっています。 四角い和紙を手紙の大きさに合わせて折っていき、最後に上部と下部を折りたたんで糊付けし、下部の折りたたみ部分に切手を貼っています。画像で見ると切手と消印が逆位置になりますが、封をされた状態では正位置になります。 不足税の朱印があることから不便地持込税の1銭分が足りなかったことも分かって、なかなかの名品だと思いました。 現在、入札額は5万円を少々超えています。ライバルは地元印コレクターでしょうか。 伝統郵趣を重んじる方は切手に傷があるのでそんなに高額の入札は考えにくいのですが。 ちなみに私も伝統郵趣としてはコレクションに入れるつもりはありません。 これは、離島・僻地消のアルバムの扉を飾るためにぜひとも欲しい品です。 何といっても最後のニホンオオカミが捕獲された超弩級の僻地なのですから。私の収友も3人揃って結果を見守ってくれてます。 心強いかぎりです。
 
4月26日。 10時40分終了。 50300円のままでした。 ヤッター! これで安心して寝られます。夜は弱いんです。 おやすみなさい。
 
4月28日。 あっという間に商品が届きました。 早速、昨日のうちに作っておいたアクリルケースに入れたリーフに納めました。  リーフはA4の厚紙を数センチ切り取ってケースの大きさに合わせました。 エンタに空気が入らないようにナイロン袋で密封するなど保存には気を遣っています。 鑑賞よりも良好な保存が第一ですからね。改めて、獲れてよかったと感慨深げに眺めています。 次もいいモノ獲るゾー。

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拡大してご覧ください。

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2009年5月11日 (月)

フランス切手 JOURNAUX [新聞関係印] (1)

さてジョージさんお待たせしましたが、いよいよ興味深い JOURNAUX [新聞関係印] の紹介に入りたいと思います。 前回までの 特殊日付抹消印「その他」のシリーズとは別にした理由は、このジャンルに入る私蔵の実例が高評価でありながらもそこそこにあり、前の持ち主がもっとも愛着を持っていた分野だからです。 このシリーズの後に紹介予定の IMPRIMES [印刷物印] と共に珍重される朱印がある賑やかで魅力あるシリーズです。

切手上に見られる JOURNAUX [新聞関係印] は大別して(1)新聞活字が直接印刷されているもの ( TYPOGRAPHIQUE ANNULATION ) と、(2)日付抹消印で JOURNAUX の字が入ったもの ( いわゆる CACHETS J ) とがあります。 フランスでは1800年代以前から新聞の発行に対して課税がなされており、切手が発行されてからは新聞一部当りの印税に相当する額面の切手をあらかじめ原紙に貼ってから記事の印刷をして発売されたのです。 下図は2006年の[CERES] カタログ()に関する記述の一部ですが、ナポレオン無目打の低額面切手の貼られた1860年代のエンタイアが残されており非常に高価な評価が付けられています。

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また、下図に紹介するような新聞用専門の大型の切手(収入印紙?)が1868(無目打)1869年(有目打)が発行されました。 これ等(2cと5cの二額面)は郵税と印税との両方を兼ねており状況による幾通りかの使用例が残されています。 無論新聞印刷前に原紙に貼られて使われているのは前例のナポレオン切手の場合と同じであり、それ等と普通切手との混貼りの例(郵税分が普通切手で通常の日付抹消印を使用)もあります。 1870月に新聞税が廃止されてからは使用されなくなったようです。

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下記に1870年代以降の新聞配送の郵便料金表を記載しますが、新聞の種類や配達区域によって若干の違いが見られます。 またその後に私蔵の実例(1)( TYPOGRAPHIQUE ANNULATION )を幾つか紹介します。

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下図は2006年の[CERES] カタログ()に関する評価表です。

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2009年5月13日 (水)

フランス切手 JOURNAUX [新聞関係印] (2)

今日は前回に続き JOURNAUX [新聞関係印] の大別した後半の(2)日付抹消印で JOURNAUX の字が入ったもの ( いわゆる CACHETS J ) に関する実例を紹介したいと思います。 

1876年4月に切手抹消に日付印が採用される以前からパリ市内では新聞送達にこの CACHETS J の特殊印が使用されていてサージュ以前の切手の低額面に使用例が残っています。 この印は下図にあるように内側の円が中心から上部の方へずれている変形の二重丸印でほとんどが朱印です。 

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やがて、サージュ切手が発行されるようになって暫くの間1876>1878年はこの朱印がパリ市内で使用されましたが1879年以降になると黒印に変わっています。 下記にその朱印と黒印の私蔵の実例を載せますが、朱印の方はかなり貴重な存在です。 また黒印の方は高額面の切手はなかなかの希少例です。 一フランの額面はどの位の部数を送付したのか良く判りませんが、詳細が知りたいものです。

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このシリーズの次回はJOURNAUX [新聞関係印] (3)の地方都市の使用例について紹介します。

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2009年5月15日 (金)

オーラを放つ逸品・その21

    *老いの手習い? ・・・・

四十の手習いならぬ今更「草書」の字のくずし方など、ジョージさんも罪が深い。 エンタの上書きの正しい解釈を求めてパズルの難題。 こんな事なら若いときにお習字の勉強に励めばよかったと、今頃嘆いてみても始まらないか・・・・・・

[ 以下、お馴染みジョージさんの投稿記事です ]

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オーラを放つ逸品

『 別 』? 郵便料金も謎

データ:

菊50銭、10銭、5銭、計65銭貼 丸二大坂天満38 11-6后2

近江八幡38.11.7イ便 書留

 菊切手以前の高額面貼エンタといえば価格表記郵便や外国郵便に限られてしまいます。 国内便では別配達市外便30銭が最も高料金ですから、せいぜい50銭が限度だと思います。 ところが、日フィラのオークションカタログで上のデータのような記載を見つけました。 切手の部分だけ写真版もありました。 どんなに大きなエンタだろうと興味津津で下見に出かけました。 案の定、棚の引き出しにはありませんでした。 棚の上のファイルから取り出して現物を見ると、思っていた以上に小さなエンタでした。 縦27センチ横12センチほどの大きさです。 ためしにボストークアルバムリーフの上に乗せてみると、上下にタイトルやデータを書き込むスペースこそありませんが、リーフに収まるサイズでした。 

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料金を考えてみましたが、第1種郵便の書留とすると(65銭-7銭)÷3銭=19余り1銭となり料金に適合しません。 それどころか19倍重量便がこのような小さな封筒に入るはずもありません。 ましてや第4種郵便としたらそれこそ百科事典クラスの重さになってしまいます。 もちろん小包郵便でもありません。 そのときは訳の分からないまま入札し、6万6千円で落札しました。 その後、なんの手がかりもないまま月日が過ぎましたが、表書きにある4文字が気になっていました。

                      Kikubetsubin3_2

 なぜかというとこの部分だけ墨の濃さと筆の太さが違うからです。 字体も宛名書きと比べると崩し字になっています。 それでこの4文字を解読してみることにしました。 3番目は『書』ですぐに分かりました。 次に1番目は『別』と読めることが分かりました。 後の2文字は見事な崩れようで、この字だけでは判読できません。 そこでこれを4文字熟語と考え、どのような漢字が当てはまるかいろいろ考えてみました。 まるでジグソーパズルを組み立てているような感じでした。 その結果、2番目は人偏と横棒、斜めの線の入り具合からして『便』が入りました。 同じような推理で4番目は『留』となりました。 続けて読むと『別便書留』です。 郵便用語には全くない言葉です。 しかし、郵便印の受付日時と到着日時をじっくり見ていくと「アラ!」と思い当たりました。 この書留は午後2時ごろに天満で受け付けられて翌日の早朝(イ便)には近江八幡に着いているのです。 時間にして半日前後!! いかにも早すぎます。 ひょっとしたらこの書留は通常の配達ルートでなくて特殊なルートを使って、いち早く宛先に送り届けられたのではないでしょうか。 そのために高額な料金を支払ったと。 ・・・こんなふうに荒唐無稽な発想を考え付けるのも趣味の醍醐味ではないでしょうか。 もし私が切手研究家ならば、このような非常識を記事に載せていたらとっくの昔に追放されてたと思いますけど。

ヒロジージの追記

爺も一応パズルに挑戦しようと下記の様な図を作成しました。(拡大して見てください) 結果ジョージさんの説に賛成です。 草書の素養が全く欠けている身にも大体の想像をするのには十分な資料です。 読者の皆様の感想は如何ですか? それにしてもこの金額65銭のきちんとした内訳が知りたいですね。

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2009年5月19日 (火)

フランス切手 JOURNAUX [新聞関係印] (3)

今日は前回に続き このシリーズの最終 JOURNAUX [新聞関係印] 地方都市の使用例について述べます。 ブログ開始当初の頃、Armond MATHIEUのカタログ1976年発行)についての記事で下図にある・日付抹消印で JOURNAUX の字が入ったもの ( いわゆる CACHETS J )がある事をご記憶だと思います。 

これ等地方都市の JOURNAUX [新聞関係印] は、パリ市内で使用された抹消印と違ってはるかに希少です。

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以下に私蔵の実例を何点か紹介しますが、その評価についての記述がある各都市ページから抜粋した JOURNAUX 印の欄を集めた表もご覧ください。 この表からも判るように * 印の位置やPPの位置、その後にある番号の違い(支局番号?) 等による希少性が評価に反映されています。 これ等資料についてはジョージさんの手元に既に文献の写しがあるのでご存知だと思いますが、他の読者の参考の為引用することにしました。

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下図はサージュ・シリーズ以降の切手上の印影を紹介していますが、上段にある MOUCHON 15c 切手上の 「CHARLEVILLE」 の印は上表にもある通り大変希少なものです。

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更に、下記に記載するのは、地方都市 BORDEAUX の LOCAL局の超希少印の印影です。 恐らくサージュ切手上の JOURNAUX 印の評価では最高の部類に入ると思います。

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最後に、ずーと以前にジョージさんのお手元に渡っている JOURNAUX [新聞関係印] の押されたサージュ切手の単片の印影も読者の参考に紹介しておきます。

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2009年5月22日 (金)

オーラを放つ逸品・その22

    *清楚で美しい佇まい ・・・・・・

いったい何が送られたのだろうか?

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

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オーラを放つ逸品

在りそうでありえない使用例

データ:

新小判5厘縦ペア貼  KIOTO 5DEC 94USA 印刷物

 日フィラで下見をしたときに、このエンタの状態が良くて、しかも使われ方が珍しいので一目惚れしました。 珍しいというより、ありえないといったほうが正確でしょうか。 エンタについて簡単な説明をします。 これはアメリカ宛の印刷物で料金は1銭です。 1892年7月1日から1897年9月30日までの5年間はこの料金でした。 期間は長いのですが、使用例はあまり多くはありません。 ・・・このエンタの最大の見所は何といっても5厘切手がペアで貼られていることです。 仮にこれを切手を貼らずに郵便局に持ち込んだとしたら、郵便局員は間違いなく1銭切手を貼るでしょう。 しかも相手は外国人です。 当時の外国人といえば例外なく社会的地位の高いお偉いさまですから、間違っても5厘切手を2枚貼るような失礼なことはできません。 それならば差出人の外国人が5厘切手を貼る可能性があるのでしょうか? 答えは否と思いました。 これが日本人なら5厘切手がダブついているとか、もったいないとかで使ってしまうこともあるかもしれませんが、外国人となるとそれは考えにくいです。 当時の彼らにとって日本の物価はたいへん安いものでしたから、そんなにケチることはなかったはずです。 改めてこのエンタを観ているうちに、以下のような想像の世界にどっぷりと浸ってしまいました。 ・・・この外国人は KIOTO に観光で来たのでしょう。 彼は名所旧跡をめぐり祇園での宴会を存分に楽しんで日本の文化のすばらしさに感動しました。 そして旅の記念にと郵便局に立ち寄り、お土産で買った絵葉書の中から1枚を選んでアメリカの友人に送ったのではないでしょうか。 云々・・・。 と書いてヒロジージさんに原稿を送ったところ、以下のような内容が返ってきました。 『この宛先は ニューヨーク にある Hub と云う雑誌の出版社宛のものですが、この雑誌は「自動車の車両に関する業界紙」の様なもので、1800年代末の著名な業界紙の出版社宛のものです。云々・・・』 これで私の迷推理はあえなく潰えてしまいました。 しかしながら、間違えたことに対する恥ずかしさは全くありません。 自分が推理したことによって、また一歩真実に迫ることができたのですから。 それにしても、返信文の中でヒロジージさんも書いておられたように、この印刷物はいったい何だったのでしょう。 また、なぜ5厘切手を使ったのでしょう。 下手な推理をしたおかげでますます謎が深まりました。 このエンタの正体についてアドバイスをいただけるとありがたいです。 参考までにこのエンタについて補足します。 裏側は真っ白です。 つまり、差出人の名前も到着印もありません。 さらに、中身が印刷物だと分かるように封筒の表左上を四角に切り取って開封書状に仕立てる工夫をしています。 (注:色紙は私が差し込んだものです。) このエンタは12500円で落札しました。 私は外郵便についての専門知識がほとんどありません。 落札値についてもエンタの稀少度についても確たる自信はありません。 しかしながら、この5厘の使われ方については不思議としか言いようがないのです。

ヒロジージの追記

ジョージさんは疑問に思って居られるようですが、(どうやって入手したかは別として) 5厘切手2枚はこの封筒の差出し人が貼ったものだと私は思っています。 何故なら、封筒の角を切り印刷物を入れて封をし、切手2枚をバランス良く貼り、それから宛名を書いていることが想像出来ます。 その宛名の書き方はペン英習字を正式に学んだ教養のある人物のもので、實に手馴れた、しかも美しいバランスで書いています。 ジョージさんにも伝えましたが、 The ” Hub “ は業界紙(グーグルで検索可能)であり当時有名なその出版社宛に細かい住所も書かずに NEW YORK とだけで差出すと云う事は、送り主がなんらかこの業界紙と関わりのある人物ではなかったかと想像しています。 日本に初めて持ち込まれた自動車は1899年(明冶32年)にアメリカ商人による電気自動車だと云われていますので(ネット上の某資料に拠る)、この封筒の日付1894年末(明冶27年)頃には市場調査で来日した米国人も居たのではと想像したら、いささか穿ち過ぎかな? ・・・・それにしても何故京都からなのだろうか?・・・・・

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2009年5月25日 (月)

フランス切手 IMPRIMES [印刷物印] (1)

さてジョージさん、今日は次の重要テーマである フランス切手 IMPRIMES [印刷物印] について紹介したいと思います。 このシリーズの印は前回のシリーズ JOURNAUX [新聞関係印] と非常に似通っていて、その印影は [JOURNAUX] [IMPRIMES] の活字が違うだけですので、注意しないと見間違える事がしばしばあります。 印刷物を特別な郵便制度のもとにおくことは1850年代からあったようなのですが、専用印を使用するようになったのは1860年代後半になってかららしく、下図のような印影(朱と黒の印)が記録されています。 しかしその実際の使用例はかなり少なく、私のストックにも残念ながら、ナポレオン有目打の5c切手(黒印)が一点あるのみです(下図参照)。 

           

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1876年4月に日付抹消印制度が導入されてからは多く見られる様になり、その印影の種類も1900年代初頭にかけて増え下図に見られる様に地方都市での独自な種類の印が使用されるようになりました。

 

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以下にパリ市内局でサージュ切手に使用された朱印の実例を私蔵のストックから何点か紹介します。 これ等の中で最もポピュラーなのは C-75・T-2の 5c切手で、 絵葉書などを印刷物扱いで差し出す例が多かったせいではないかと考えられます。

     Impri4

          Impri5_2

下図はサージュ・シリーズの朱印 IMPRIMES で抹消された切手の単片とエンタの評価表です。 2006年の[CERES] カタログに記載されたもので単位は EURO です。 全般に高評価ですが、台切手そのものの希少性が色濃く反映されています。

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次回はこのシリーズ2回目でIMPRIMES [印刷物印]のパリ市内局黒色抹消印と地方都市の使用実例及びサージュ・シリーズ以降の切手の実例を紹介する予定です。

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2009年5月27日 (水)

フランス切手 IMPRIMES [印刷物印] (2)

今回はこのシリーズ第二編の IMPRIMES [印刷物印] のパリ市内局黒色抹消印と地方都市の使用実例及びサージュ・シリーズ以降の切手の実例を紹介します。

これらの印の使われ方と希少度の状況は以前に紹介した JOURNAUX [新聞関係印] の場合と同様な傾向が見られますが、私蔵の地方都市の使用實例が何故か JOURNAUX に比べて格段に少なく僅かに3点のみです。 カタログ上の評価による希少度は余り変わらないので、単に前所有者が収集できなかっただけなのかも知れませんが。

以下その実例の写真と参考印影図(前回に載せたものを再記載)を紹介します。

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このシリーズはこれをもって終わりとします。 次回は PERIODIQUES [定期刊行物用専用印] について紹介する予定です。

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2009年5月29日 (金)

オーラを放つ逸品・その23

    * 切ない友情 ・・・・・・

本当に好い品は在るべきところへ流れて行くのだろうか。 それだからこそ逸品と呼ばれるのかも知れない。 しかし超不景気で軒並み価格下落の今年なら、この麗しい?友情物語は実現していたかも ・・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

     Shanghai1_4

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      Shanghai3_2

オーラを放つ逸品


収友に紹介したはずが

データ:
U小判5銭P13貼 年号4字SHANGHAI 1892 JAN 8 (年月日逆順)

YOKOHAMAVICTORIALINCOLN、NEBR
 

昨夏の日フィラ・フロアオークションに出品されていました。 自宅で下見する切手を選んでいたときに、ちょうど収友が喜びそうなエンタを見つけました。 上海の欧文4字です。 文献に付録でついていたカタログで値段を調べると、その前後に使われた20ミリや二重丸MEIJIと比べて10倍くらいの値段がついていました。 使用期間が短かったためです。 文献には 『1891年9月から1892年3月までのデータがある。』 と書かれています。 前後の消印もこの期間ぎりぎりまでの使用例があるので、最長でも6ヶ月強の使用例とみていいでしょう。 加えて年月日逆順の植字ミスはかなりの期間そのままで使われたということですが、長くて1ヶ月弱と判断し、これは珍品だぞと思いました。 エンタの状態が良ければ欲しかったのですが、このときは第一本命がこのエンタと同じくらい高額でしたので、これを入手するだけの余力がありませんでした。 ・・・下見で見たこのエンタの状態は極美の部類に入るものでした。 日フィラのオーナーである西岡さんに頼んでコピーを撮ってもらいました。 家に帰って早速メールで外信印を収集している収友へ 『たいへん良いエンタを見つけた。 最低値が高いので入札はできない。 しかし、そのまま放っておくのも惜しい気が・・。』 という内容を送信し、コピーを郵送しました。 程なくメールが届きましたが、『ものすごく欲しいけど、値段が高すぎて手が出ない。』 という内容でした。 う~ん残念。 誰がいったいいくらで落札するのだろう。 そんなことを考えながらフロアオークションの日を迎えました。 この日のオークションは予定通りのスピードで進行していきました。 途中で手彫の不統一印を安値で落札したことをかすかに覚えています。 第一本命は入札限度額を超えて誰かに落札されてしまいました。 そして今日はこれで終わりかなと思ったときにこのエンタの番号がコールされました。 一呼吸置いてからスタート値が西岡さんの口から出てきました。 私の意に反して、最低値でした。 西岡さんと目を合わせたまま団扇を上げました。 「23万、ありませんか。 落札ありがとうございます。」 の一声で最低値での落札が決まりました。 ・・・帰りの電車の中で今日の出来事を振り返りました。 大山鳴動して大物一匹か。 第一本命は落札できる自信があったし、U5銭上海エンタは高額落札されると予想していただけに、全く逆の結果になったことがおかしくてたまりませんでした。 オークションのスリルとサスペンスを存分に体験できた一日となりました。

爺の告白・・・(いまさら?な話ではありますが・・・)

お願いして始まったジョージさんの オーラを放つ逸品」 シリーズの記事もすでに20回を越えてますます面白さを増しています。 皆様も気がついて居られるでしょうがこの記事には [プロローグ] があります。 ただ投稿記事を紹介するだけではなくブログの主である爺もなにか気が利いた一言を添えたいと思ったからなのですが、それが思ったよりたいへんで苦労しています。 時々ジョージさんに喜んで貰えることもあってやめられずにいます。 

またジョージさんの本文の記述に色変りの箇所がありますが、これは投稿者が意図したものでなく、全て爺のなせるところであります。 云ってみれば、[編集者・註] のようなものでしょうか。 このことについては勿論投稿者のジョージさんには一言の相談も報告もしていません。 この所業は無論執筆者にたいして大変失礼なことであることは重々承知しておりますし、読者の方にも煩雑だと不快に思われる方もあるやもしれません。 しかし幸いなことに、ジョージさんは太っ腹で細かいことにはとやかく言わない方なので、こうして20数回にも無事記事が続いております。 これからもジョージさんをはじめ読者の皆様のご理解と暖かいご支援を望んでやみません。・・・・

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