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2009年7月

2009年7月 1日 (水)

「フランス船内局印とフランス切手のパクボー印」その(4)

ジョージさん、今日はこのシリーズの最後のテーマ (4) フランス切手上に見られる外国印・所謂「パクボー印」 について話を進めたいと思います。 先ずお題にある*所謂「パクボー印」なる言葉ですが、これについて述べている下記の記事を引用します。・・・・

「日本郵便印ハンドブック2008」(日本郵趣協会発行)

346頁 4-3船関連郵便印 より抜粋

* { 船内において投函された郵便物の扱いについては、1892年(明治25)のUPUウィーン条約に定められている。 以下、佐々木義郎「PAQUEBOT<船内投入郵便>」『フィラテリスト』14巻121ページ(1982年)を参考に解説する。 船内において投函された郵便物は、公海を航行中はその船が属する国の郵便切手を貼り、寄港地の領海内や碇泊中には、その寄港地の国の郵便切手を使用することが定められている。 このようにして投函された郵便物に船内郵便局で使用したのが船内郵便局印、陸揚地の郵便局で使用したのが船内投函郵便印である。 なお、船内郵便局は寄港地の領海に入ると閉局されるので、寄港地領海内航行中および寄航中に投函された郵便物には、船内投函郵便印が使用された(青木四海雄「船内局と船舶局」『フィラテリスト』第1巻73ページ(1969年))。 船内投函郵便印には、UPUの公用語であるフランス語で郵便船を意味する「PAQUEBOT」が表示されている。 } *

ここでは PAQUEBOT郵便船を意味すると述べていますが、この語の本来の意味は「客船」、「商船」といった大型の大洋を航行する船の意で、他にBATEAU(小型船) NAVIRE(軍艦などの場合に使われる)の語もあります。 1850年代頃は植民地や諸外国との交易に従事した大型の船も郵便物の搬送が大きな比重を占めていたため、狭義の意でPAQUEBOT郵便船と解釈されたのではないかと私は思っています。 フランスの船内郵便局の抹消印、例えば LIGNE N  PAQ.FR. No.10 等の意はN航路 フランス船10番(郵便船ではない)に設置の郵便局(船名では長くなるので番号で表示)と解釈すべきと思っています。 このUPUの規約が浸透してからは船内投函郵便(そのほとんどが郵便箱の設置のみで船内局を持たない船舶から陸揚げされた郵便物にはPAQUEBOT」の特別印が押され陸揚げ地の引き受け局で抹消されるのが通常となりました。 しかし前々回に取り上げた日本切手に見られる1880年代前後―>1900年代初頭にかけてのフランス船内局印はこれとは全く逆の話で、当時日本に在留したフランス人の便宜のため、あえて船内局に(寄港中にもかかわらず)郵便物の投函ができるようにしたと云う事実が幾つかの文献に述べられています。

さて、話が若干それてしまいましたが、1880年代前後―>1900年代初頭にかけてフランス切手上(特にサージュ切手)に見られる外国の消印は英国のものがほとんどですがその数はとても少ないです。 仏、英国間には1800年代後半に交わされた郵便条約があり、その中の一つに仏英間の小型船航路に設けられたBOITES MOBILE (Mobile Boxes)=船内の移動郵便箱に出港前及び航海中に投函された郵便物を到着港の局で抹消するのに特別の(八角形や円形で中央にM.B.の記号 [MOVEBAL BOXの略] がある) 採用されることになりましたが、LONDON、SOUTHAMPTON、JERSEY などでそれが見られます。(印影を下図に示します)

              Paqbo1

下記地図は英仏海峡を挟んで関係する港町や市の場所がわかるよう参考に載せました。

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これ等のあとに採用された、変化した印を私蔵の実例でいくつか紹介します。

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最後に貴重なサージュ切手に、希少なLIVERPOOLの消印のあるパクボー扱いの使用例を紹介します。 この切手は忘れもしない、唯一私が切手商の張り込み帳から掘出した逸品です(当時で200円位)。今から20年以上も前の話ですが。

                                Paqbo8

これで、このシリーズのお題は全て終了しますが、後はなにをテーマに取り上げてよいか、少々種切れの感は否めません。 悩みの種です。・・・・・

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2009年7月 3日 (金)

オーラを放つ逸品・その28

  *新たな企画の「オーラ記事」です・・・・・

毎週のジョージさんの投稿記事も30回に迫る人気ぶりですが、予ねてからその収集されておられる素晴らしい小判や菊切手の単片にまつわるいろいろな話を記事にして欲しいと願っていました。 このブログ開設の初期、選り抜き一種一点などでその一部が紹介されましたが、この新企画ではもっと掘り下げた解説(貴重な情報である入手時の市価状況など)と詳細な画像が期待されます。

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

オーラを放つ逸品

フランス船内印

紹介する4点のデータ:

①旧小判5銭エスパルト紙11s×9s横連 八角3 OCT 80 YOKOHAMA PAQFRS. 3 

旧小判10銭 ワラ11  22 DEC 83 LIGNE S PAQFR 2 

新小判10銭 P13 八角 30 SEPT 90 LIGNE N PAQFR 2  

菊15銭 P12 八角 12 JUIN 10 LIGNE N PAQFR 8 

 以前にも書きましたように、単片での紹介は難しいです。 何度か試みたことはあるのですが、どうしても1枚の切手だけでは短文にしかなりません。 ところが、以前、離島・僻地の切手を複数で紹介したときはけっこう書きやすかったことを思い出しました。 そこで、数枚の切手をテーマに基づいて紹介をすることを思いつきました。 どのようなテーマを設定するのかは全く未定ですが、挑戦してみることにします。 単片シリーズの第1回目は日本とフランスの架け橋ともいうべきフランス船内印を紹介します。 ・・・フランス船内印は明治時代から昭和時代にかけて幅広い年代に見られる消印です。 それでいて数は少なく、姿は美しい。 自分としては日本のどの欧文印よりも好きな消印です。 印の形は初期の頃から八角形と円形があります。 表記の仕方は円内に年月日が、外周には船の便号らしきものやパクボーの略字などが見られます。 私の手元には1880年~1910年までの印影が集まりました。 フランス船内印はその独特の形から相当の薄消でもそれと判別できますが、私は日付が読め、外周のデータもできるだけ判読できるものを好んでコレクションに入れています。 将来はヒロジージさんのサージュにおける消印の分類を真似て、タイプ別の分類を試みたいと密かに思っているからです。 (実現するのは死ぬまで無理のような気がしますけど。) 

まずは以下の画像をご覧ください。

               Sennai1

は完影の逸品です。 外国郵便の始まりが1875年と言われていますから、日本における船内印使用例としては比較的初期の印影のような気がします。外周にYOKOHAMAの文字がしっかりと読みとれるのも魅力的です。(145000円 タカハシ)  

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                         Sennai3

②③はフランス船内印の台切手としては最もありふれた額面です。 外信便の基本額面ですからフランス船内印は実逓便として通用していたことがこの事実からも分かります。 (2万円 不明 23000円 ジャパン)  

                         Sennai4

は珍しい額面に満月印です。 オーダーキャンセルかもしれませんが、ここまできれいだといくらお金を支払ってもあとで後悔することもありません。 (72000円 ジャパン) ・・・ところで、フランス船内印にはパクボーの表示があります。 本来、船はフランス国籍のはずですから、船内で投函すれば日本の切手は使えなかったはずです。 ひょっとしたら、船の桟橋の端にポストを設置して日本からの郵便を受け付けてくれたのでしょうかね。 

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2009年7月 8日 (水)

フランス切手の 「ORIGINE RURALE」 消印

ジョージさん、今回のテーマは一連のシリーズで紹介漏れとなっていた、フランス切手の 「ORIGINE RURALE」 消印についてですが、資料も少ないので極簡単に述べたいと思います。

      Prurale1

この消印は上図に説明するように [ POSTE RURALE ] 所謂僻地での郵便集配に関する消印類の中の一つです。「ORIGINE RURALE」 の消印1836年に導入され1912年まで使用されました。 農村など僻地を巡回する郵便配達人に差出人が直接手渡したときにのみ使用され、この印で切手を抹消した時は郵便局を経ずに直接宛名人に送られる規則になっていたそうです。 しかし実際には余白に証示印として押され、後管轄局の抹消印が使用されるケースの方が多く見られます。 直接この印で抹消されたエンタイアは希少で高価です。

下記にサージュ以前の使用例と評価表、並びにサージュ切手の使用例及び種まき切手のエンタを紹介します。

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上図種まき切手のハガキはその典型的な使用例だと思います。差出人は GRAINVALのHOTEL に宿泊中の女性(多分)で,丁度ホテルに配達に来た郵便局員(多分FECAMP局)に直接ハガキを手渡し、FECAMP 在住の女性 (娘か?) 宛に送ったと推理しました。 文面は印刷物扱いなので簡単に “ BONJOUR DE GRAINVAL MAMA ” とだけ書かれています。 慣用句なのか、正確な意味は解りませんが “ こんにちは、GRAINVAL にて ママ ”くらいの意味かな? どなたか詳しい人の助言が欲しいです。

さて下図は 「BOITES RURALES」 云ってみれば田舎の郵便ポストでしょうか。 日本にも函場印が使用された制度がありましたが、同じようなものでしょう。 通常は円の中に A、B、C、・・・>H 等、設置数に伴ってアルフアベットで表現されています。 ここに載せたのは四角の中に [ ] で変ったものですが、推定ですが料金受取人払いの時のものかな? とちょっとあやふやな解釈です。 大きなダブlルの線書き数字は郵料不足印で1850>1859年の間、不足切手が採用されるまで使用されていました。

     Prurale7

「ORIGINE LOCALE」 に関する資料は残念ながら所有していませんので、説明だけになりますが、この印は1868->1900年頃までと長期間使用されています。 地方都市の一定地域で郵便配達人に直接手渡した郵便物に押され、該当地域の郵便局を経ず、直接受取人に配達されるのが規則でした。 想像するに、郵便配達人がこれから回る地域を知っている差出人が直接郵便物を持って行ってもらう時に使用されたのだと思います。 この印は [ OR ] 印よりは一般的と云われていますが実感からすると少ない様な気がします。

このテーマの記事はこれにて終了です。 次回は「BOITES MOBILES」 即ち「移動郵便箱」について紹介したいと思います。

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2009年7月10日 (金)

オーラを放つ逸品・その29

*前回のオーラ記事はエキゾチックなフランス船内印・・一転今日は渋い不統一印です・・

どれをみても、みな珠玉のような逸品ぞろいです。 小判切手の収集家ならば何時か自分も一点でもいいから欲しいと願う不統一印、それを5点も揃えながら、なおも増やす事を願って止まないジョージさん。 飽く事のないその情熱には脱帽です。・・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

オーラを放つ逸品

旧小判と不統一印

データ:

2銭狸E紙 11S×9S  紀伊日(足) 

1銭黒E紙 10 一色検 

2銭狸無地紙 9s 中戸次 

4銭青緑無地紙 10 小田 

1銭黒薄紙 11 郵便/底倉証  

 私が、旧小判を集めてみようと思った動機は、紙質や目打が実にバラエティ豊かで、4銭切手に代表されるように刷色の変化も楽しめるからです。 それともう一つの理由は消印の豊富さでした。 特に不統一印は一つひとつの印影が自己主張をし合うように全く別の顔を持っており、とても魅力的でした。 当時は1枚だけでも欲しいものだと憧れていたものです。 いつの間にか5枚も集まってしまいました。 それが今では、あと5枚は欲しいなと欲張るようになってしまいました。 以下に私が所持している切手を紹介しますが、入手した順の並びにいたしました。

 ・・・最初に入手したものが 紀伊日足です。 この切手を入手するまでに、何回か狸の不統一印を見てきました。 安いもので5万円、高くて15万円くらいが相場でした。 完影ではありませんでしたが、国名が分かるのでちょうどいいと思い、6万円で落札しました。(ジャパン)  

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次に落札したのが 一色検でした。 台の色が黒なので白抜系の印影がよく目立つものが欲しかったので、かなり思い切った値段で入札し、10万円で落札しました。(MSA)

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中戸次は郵便局沿革録と記番印カタログで、不統一印の条件に合うことを確認しての落札でした。 ちょうどこの時期に、郵便局の開局日から小判切手に不統一印が使われたかを調べ、記番印カタログで局の記番印がないことを確認するという方法を身につけたので、殊更うれしい入手品となりました。(32000円 日フィラ) 

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小田は日専のカラー広告に出ていたものがそのままオークションに出品されていたので獲りました。 小田は4銭によく見かける印だと思っていましたが、あとで不統一の朱印は未納不足印として代用されていたことを知り、4銭によく見られたわけが納得できました。(145000円 タカハシ) 

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郵便/底倉証は去年ヤフオクで見かけました。 局の印影も文献で確認でき、本物と判断して入札しました。 出品者の説明に、『裂け有り』とあり、値段もそこそこだったため、最低値の10万円での落札になりました。 肝心の裂けですが、言われなければ分からないほどのごく小さなものでした。 表からでは画像を拡大しても見えないくらいです。 エスパルト紙ほどではないですが台切手の黒がやや薄めなので印影がはっきりと確認できるのもうれしいです。

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 ・・・今後、入手を狙っているものは、まず、4銭の真の不統一消。 あとできれば、他の額面で1枚。 それと1銭黒を全て不統一印で揃えようというとんでもない野望を持っています。 壮年よ、大志を抱けの志(こころざし)です。

ヒロジージの追記

記事中4番目の朱印・白抜け[ 小田 ]は横位置なのでちょっと判別し難いのが正直残念ですが、それでもそんじょそこらに転がっている代物じゃありません。 この小田局は播磨国・加東郡の小田で明冶9年から10年にかけて同じ白抜き朱印 [ 上小田 ]を使用していた上小田局が明冶11年半ばに小田局となったのです。 この5等局が何年間この朱印を使用したかははっきりしません。この時代の「小田」と云う名の局は全国で6箇所ありますが、朱印・白抜け印は播磨国・加東郡の小田局のみです。 下図は切手名鑑からちょっと借用転載した、[ 上小田 ]局の印影です。 ここでも一点は横位置ですが、四角い印は向きを間違い易いのかもしれません。 (この2枚の現在の持ち主には掲載許可をいただいていませんがお許しいただけるものと信じております。)

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2009年7月14日 (火)

フランス切手の 「BOITES MOBILES」 消印

ジョージさん、今回はそれ程重要ではありませんがちょっと不思議な発見をしたテーマ=フランス切手の 「BOITES MOBILES」 消印=所謂、移動郵便箱に関する消印について紹介します。

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この制度は1862年に郵政当局の通達によって導入されましたが1865年になって漸く一般的になりました。 その要旨は郵便局の無い僻地からの郵便物を取扱うため、古くは郵便馬車(上図参照)、またローカルの鉄道車両などに取り外し可能なポスト(移動郵便箱)を設置してその地域の郵便路線の各ポイントで回収、分類、配送、ポストの再設置などの作業を行う制度でした。 当初は CACHET 15 と CACHET 22 の二タイプの日付印(二重丸の上部に局名、下部にBOITE MOBILEの文字かその略字を入れたもの)が証示印として使用されました。(抹消は[点描菱形に数字]の印) 

しかしやがて1867年になるとこれ等日付証示印は廃止されてしまい、もっと簡単な、楕円形の中に B M という BOITES MOBILESの頭文字を入れた印が採用され1910年頃まで長期間使用されました。 理由はあくまで推定ですが、費用の節約ではないかと思います。 もっとも長い間使用されたと云っても数は多くはありません、と云うのは同時期にかの CONVOYEURS STATION と CONVOYEURS LIGNE の印を使用する制度が始まっていたからです。 (LOCAL な鉄道線での郵便物の集配にはかなりオーバーラップする部分があったからだと思います) 下記にそれ等の印影並びに私蔵の実例と文献からの参考使用例を紹介します。

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さてジョージさん、最後にこのテーマに関して、いささかミステリアスな、サージュ切手関連での新発見の事実をお知らせします。 その内容は下図に詳しく説明を載せていますので、参照してください。 また他の2枚の参考図も掲載します。

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上図のArmand MATHIEUの消印評価カタログを、ジョージさんも一度くまなくチェックしてみてくだされば、この二種類の消印評価がMARSEILLE以外には見当たらないことが判ると思います。 私蔵のサージュ切手消印コレクション数千枚のなかにも上に紹介した僅か2枚しかない不思議な消印の切手です。

このテーマの記事はこれにて終了とします。

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2009年7月17日 (金)

郵趣の道草迷い道(1)

*更なるミステリアスな新企画です・・・・・・・

このブログに更なる華をそえようとジョージさんが興味深々の記事を随時投稿してくださることになりました。 題して、郵趣の 『道草迷い道』 です。 ・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

郵趣の道草迷い道

*これって船内印だよね・・・

データ:和桜朱2銭 COLORADO印

 私はサージュ切手の使用例を収集するとともに、日本の切手や切手貼エンタを一応ゼネラルで収集しています。 ゼネラルとはいっても各分野ごとに集め方も違いますし、力の入れ込み具合も全く違います。 一番疎いのは現行切手で、カタログを見なければ基本的なシリーズの分類さえできないほどです。 逆に菊切手などは消印を見て、これは珍しい、これはありふれているくらいの分類ができます。 (得意分野といってもこの程度です。 情けない。) ・・・自分なりに極めたい目標はあるのですが、長く収集を続けていると、違ったテーマに浮気をしたり、店頭やオークションで衝動買いしてしまったりすることもけっこう多いです。 中には切手の素性を知りたいというだけで購入してしまった品もあります。しかしながら、このように思いつきだけで入手するということは、気分転換にもなり、郵趣の知識が広がり、力を入れている分野の収集に役立つノウハウを手に入れることもすごく多いのです。 福沢諭吉は人間の素養として学問を勧めていますが、私は収集の素養として浮気をお勧めします。 今後、このような本来の収集からはずれた未整理品や正体がはっきりしないものを中心とし、『道草迷い道』と題して紹介させていただきます。 ・・・記念すべき第1回として、手彫切手に押された船内郵便印? を紹介します。 

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これは昨年のスタンプショウ・ヒロシマでジャパンスタンプのドラフト商品のひとつとして売りに出された残り物です。 ジャパンスタンプのブログにUPされた日に、和桜黄2銭四日市検査済頭消とともに電話で注文を入れました。 このようなゲテモノに近いものはさすがに会場では敬遠されたのでしょう。 日本切手を貼って外国へ郵便を差し出せるようになったのが明治8年ですから、和桜に外郵印が押されたものは少ないです。 加えて、2銭という額面は当時から封書の一般的な料金でしたから、いつまでも郵便局に残る切手ではありません。 遅くても明治7年の後半には大きな局の窓口から消えていたはずの切手です。 とすればいったい何の目的で COLORADO印 が押されたのでしょう。 印の大きさからして切手抹消用の可能性は高いように思えます。 インターネットで調べてみるとコロラド号なる船が存在しました。 元は客船でしたが切手が発行された当時は軍艦になっています。 この船以外に同名の船はあったのでしょうか。 横浜、長崎のシッピングリストがあればこの辺の事情ももう少し推理が進みそうなのですが、残念ながら持ち合わせておりません。 現在のところは記念で押印されたのかなあ、と想像しているにすぎません。 この印の素性をお知りの方の情報をお待ちしております。

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2009年7月22日 (水)

サージュの無目打切手

さて、ジョージさん、サージュ切手のテーマもいよいよ目打無しの分野に入ります。 ジョージさんの好きな小判切手の、目打ちや紙質の変化に富んだ組み合わせとその上に消印の多様な面白さは切手蒐集の醍醐味ではあります。 しかし、まあそれはそれとして、外国のクラシック切手では、私はどちらかと言えば目打無しの切手の方が好きです。 

               Sagenond1

上図は世界の名品の一部ですが、スペインの肖像切手を初めて眼にした時はこんなに美しい切手が存在するんだと感激したものです。 私がフランス・クラシック切手を収集するきっかけとなったのは国際切手展で別宮氏のナポレオン無目打20c青切手の専門コレクションの展示を見てからでした。 カラーシェードの微妙なニュアンスの違いがもたらす大人の雰囲気と豊富な珍しい使用例にすっかり虜になってしまったのです。

前置きが長くなりましたが、そんな訳でサージュ切手も無目打ち切手がとても気になる存在でしたが、発行されたものはあるのですが、実際には使用されて居らず全て未使用ばかりなのです。 どういう理由でそれ等の切手が残されているのかは残念ながらよく判りません。 想像するに鑑賞用、蒐集家用に提供されたものなのかも知れません。 同時期のフランス殖民地用切手が全て目打無しで発行されているので、その事と関連があるのかも知れません。 私がフランス殖民地切手の蒐集にのめりこんで行った大きな理由は初期の無目打切手ゼネラル・シリーズの魅力にありました。 植民地ゼネラル切手シリーズの中のサージュ無目打切手と下図に示すフランス本土用のサージュ無目打切手との違いは紙質と印刷シェードの違いで見分けられます。 無論、消印のある無目打切手は植民地用のものです。 これ等については改めて別テーマにて詳しく紹介する予定です。

  Sagenond2

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              Sagenond4

しかし、ここで注意しなければならないのは、サージュ図案で目打無し切手のフランス本土内使用の消印の押された単片が存在します。 下図は私蔵の実例です。 よーくご覧ください。

         Sagenond5

驚きましたか? 実はこれ等は、サージュの郵便料額面付きの封筒の押印済み額面部分の切り抜きなのです。 勿論これ等はゲテモノとまで言わないにしても、資料としての価値しかない代物です。 エンタイヤとして残っていれば遥かに価値のあるもなのにほんとに惜しいことです。 

このテーマはこれにて終りますが、次回は 「植民地ゼネラル切手シリーズ」の概略について紹介したいと考えております。

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2009年7月24日 (金)

オーラを放つ逸品・その30

*オークションでも余程運が良くないと出会うことのない消印たちです・・

ほんとうに、どれをみてもみな獲難い逸品ぞろいですねー。 

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

オーラを放つ逸品

新小判切手と大型ボタ、白抜イニシアル印等

データ:

4銭P13 横浜ボタ 25銭P13 浦和ボタ 

10銭P13 白抜K 25銭P13 白抜Y 1円 P13 白抜Y 

1円 P13 白抜サ 

 新小判切手は明治21年3月から順次発行されました。 額面は5厘から1円までの10種でU小判を加えても13種です。 旧小判切手と比べてみると、あまり必要でない額面は発行されていません。 3銭などは始めから発行されず、小為替手数料や電報料金、配達証明などの料金用として必要になってから発行されているほどです。 種類が少ないうえに、新小判の国内印は、全てといっていいほど丸一印ばかりです。 その代わりといっては何ですが、欧文印のほうは百花繚乱(りょうらん)のごとく、実に様々なタイプの消印が使用されています。 この時代の消印の共通点は、必ず局名と年月日が印に表示されていることだと思います。 旧小判の黒々とした消印で埋め尽くされたリーフと比べると、これが同一の図案かと思えるほどすっきりした印象を受けます。 そして、新小判には旧小判時代から受け継がれてきたボタ印等の黒印もごくわずかながら存在しています。 すっきりとした消印の中に、その黒々しい印影は華やかなアクセントになっています。 これらの印は明治21年限りで次世代の日付印に変わってしまいました。 わずか、6ヶ月間(注:除上海)の間にできた希少な印影を紹介していきます。

①②大型ボタ

                     Shinko1

                      Shinko2

 大型ボタの使用は明治21年8月31日限りで使用が中止されました。二重丸日付印と並ぶ希少な印影です。は横浜差立ての重量便から剥がしたものでしょうか。(8万円 ジャパン) は浦和のボタ印です。額面からして外郵便として使用したようです。私のお気に入りの一枚でもあります。(21万円 ジャパン)

③④⑤白抜イニシアル

                     Shinko3

                     Shinko4

                    Shinko5


 は神戸、④⑤は横浜の外郵印です。明治21年10月頃から20ミリ欧文印に変わってしまいました。大型ボタほどではありませんが、使用期間が短く、数は少ないようです。(7万円 ジャパン)(46000円 タカハシ)(32000円 タカハシ)

上海外郵無声印

                     Shinko6

 上海では、白抜イニシアル印は使わずにプロペラ印を中心とした無声印を使い続けていました。これは一般に白抜サと呼ばれる1988~9年に使用された印です。(54000円 ジャパン)


 発行年が遅かった額面は別として、全ての額面に1枚ずつは入れたいものとは思いますが、1枚獲るのにも四苦八苦の思いですから、あと2枚くらいが限度のような気がします。今度は長崎局を狙いたいものです。(1円に押されたもの以外は見たことはありませんけど。 夢だけでも・・・)

ヒロジージからのお知らせ:

夏休みに入った孫達の付き合いのため、八月四日(火曜日)まで当ブログの更新をお休みさせて頂くことにあいなりました。 ジョージさんの投稿記事を楽しみにしていらっしゃる皆様にはまことに申し訳ありませんが宜しくお願いします。

 



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2009年7月27日 (月)

ヒロジージからのお知らせ

 

 

お知らせ: 

夏休みに入った孫達の付き合いのため、八月四日(火曜日)まで当ブログの更新をお休みさせて頂くことにあいなりました。 ジョージさんの投稿記事を楽しみにしていらっしゃる皆様にはまことに申し訳ありませんが宜しくお願いします。 なお、休み明けの記事はフランス植民地切手の概略について紹介したいと考えております。

 

           

                          

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