オーラを放つ逸品

2008年12月20日 (土)

オーラを放つ逸品

  日本切手30年のベテランのジョージさんは切手の話となると熱く燃え、素晴らしい切手を表現する時は、いつも「オーラを感じる」と云います。 そこで、ふと思い至ったのですが、「オーラを放つ逸品」と題して定期的に、日本切手の逸品を紹介する場を設ける事にしました。(無論、フランス切手にもそのような逸品も存在するので、爺もその一翼を担いたいと思うて居りますぞ。) そして今日その記念すべき第一回目の逸品について、ジョージさんが実物写真と記事を寄せてくださいました。 その味わい深い語りと、素晴らしい逸品をとくとご覧ください。

    Ws000113_3

[[ オーラを放つ逸品 ]]

** 旧小判4銭エスパルト紙白抜記番印 **
 切手が放つ 「オーラ」 ってなんでしょう。 「オーラ」を日本語に訳すと、「おお!!ら・・・・」 凄すぎて言葉にもならないくらいの感動だと私は思っています。 切手のオーラは見る人によって、その色合いも大きさも全く異なっているのです。 このブログでは私の目から見たオーラで話を進めていきたいと思います。 2枚の切手はいずれもエスパルト紙の白抜き記番、しかも満月鮮明印です。 左のタ一を1991年のサンフィラテリックセンターのオークション誌で目にしたときは、それはもう大きな衝撃を受けました。 まだ小判切手を集め始めて間もない頃だったと思います。エスパルト紙の使用済でさえ珍しいのに、4銭ではあまり見かけない消印との組み合わせです。思わず清水の舞台から飛び降りてしまいました。 右のイチ一は、ヒロジージさんが、先月、イーベイのロットから見つけてこられたものです。 数百枚の中でこの1枚だけをピンポイントで狙われたようです。 この切手のオーラを、画像を通して感じ取られたのでしょう。 まさに達人の技だと思います。 イチ一の印は2銭狸、1銭黒に稀に見かける程度で、4銭などでは無地紙に押されたものをオーク誌で一度だけ見かけただけの珍品です。 印の潰れも少なく、印影としては極上の部類に入ります。 こんな珍印が4銭の美しいエスパルト紙に存在するとは夢にも思っていませんでした。・・・・・

*ヒロジージからの追記*

  たしかに、イーベイで掘り出したのは私ですが、オークションが無入札状態で、締め切りが迫っていてるのに、迷っていた私に、貴重な情報をくださって、背中を押してくれたのは、ジョージさんでした。 落札価格は安くは無かったですが、それをはるかに上回る結納金で、ジョージさんのもとへ嫁入りさせて頂きました。 感謝です。 お陰様で歳が越せます。(笑)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年12月23日 (火)

オーラを放つ逸品・その2

ジョージさん提供の「オーラを放つ逸品」の旧小判4銭エスパルト紙白抜記番印に対抗してジージもフランス・サージュ切手の青の抹消印の逸品を紹介します。 オーラの感じ方は、人それぞれで、いろいろあると思いますが、私の場合、見た目の美くしさ、とその消印の希少性に魅せられるのです。 この切手はブログ開始日の冒頭の写真にも載せられていますが、鉄郵抹消印の記事シリーズの最後を飾るべき実例として紹介しようと思っていました。・・・・・色変わり消印は何処の国の郵便印でも同じですが、特別なものとして愛好家の羨望の的ですが、フランス切手でも、赤やブルーの抹消印は珍重されています。 ・・・・ この抹消印は、Cachet de Ambulant と異なる系統の印で、各鉄道幹線の始発駅もしくは終着駅での、なんらかのサービス業務で使用されたものと思います。 この消印の場合、パリのGare de Lyon (リヨン駅)に於ける業務か、あるいは、始発駅での、リヨン市方面行きの列車のサービス業務に使用されたか、どちらかではないかと思はれます。

                                  Ws000156

この消印の希少性についての参考資料を下記に紹介します。 私蔵の フランスの消印研究家JEAN POTHION が1986年に発行した鉄郵抹消印と鉄道駅構内局の消印カタログです。 内容は勿論フランス語記述で解読に苦労しますが、ほんの2,3ページ、評価の基準に関する箇所と、この消印が関連する CACHETS DE DATE DES BUREAUX DE SERVICE のリスト を紹介します。

   

                                          Ws000161

              

              Ws000158_2

               Ws000159

         Ws000160

次回は本筋のCACHET DE GARE すなわち、鉄道駅構内郵便局の日付抹消印について取り上げたいと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年12月27日 (土)

オーラを放つ逸品・その3

  本筋の鉄道駅構内郵便局の日付抹消印の続きでブログ更新するつもりで準備に余念がないのですが、いま暫く時間が掛かりそうで困ったなと思っていたら、嬉しい事に、ジョージさんから続いての「オーラを放つ逸品」の投稿をいただきました。 下記にそれを紹介しますが、とても興味ある内容で、菊切手の収集家、垂涎の逸品です。とくとご覧ください。

              Ws000156_2_2

「オーラを放つ逸品」

菊20銭貼内容証明便

データ:目打c13×13.5 櫛型東京・府中2.1.23 第1種料金3銭、書留料7銭、内容証明料10銭の計20銭 適正1枚貼 中身有り

 このエンタは今年の9月にヤフオクで落札しました。 最低値2千円での落札でした。 日本切手・その他のカテゴリーで古ぼけた葉書など計8枚が折り重なって写真に出ていました。 写真もかなりボケていて何の切手かすらよく分からなかったです。 普通ならそのままパスするところですが、何かに魅入られるようにこのエンタと目が合いました。 菊5銭か20銭のように思われました。 封筒は古色で書留票が見えました。 それが何となく気になって入札しました。 これらのロットが欲しかったわけではなく、ただこのエンタの正体が知りたかっただけです。 到着した中身を見てびっくりしました。 正に極美の20銭貼内容証明便でした。 封筒は古色ではなく、表面が油紙、中が絵入りの豪華な二重封筒でした。 きっとエンタが放ったオーラを私が受け取ったのでしょう。 私たちが切手を選ぶように、切手もまた持ち主を選ぶのです。 私は宗教をよく理解していませんが、運命というものを信じています。 だからこのエンタは私が所有する運命だったに違いないと思いました。   同じように、人との出会いも不思議な縁(えにし)で結ばれているのです。 ヒロジージさんをはじめ、ドちゃん、まなさん・・等々、考えられないような縁により親しく交際させていただいています。 良い切手を入手するのも、またとない収友を得るのも、人間自身が発するオーラの結果ではないでしょうか。 修行は必ず報われる。 私利私欲は必ず報いを受ける。 これすなわち因果応報の法則(ことわり)なり。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年1月 2日 (金)

オーラを放つ逸品・その4

・・

新年を迎えてから早や2日目も過ぎようとしています。 お屠蘇気分もまだ一杯のときに、本筋のサージュ切手の、少々堅苦しい記事もどうかと思っているところへ、おりよくジョージさんから、お馴染みの「オーラを放つ逸品」の投稿がありました。 それはもう、華やかなたたずまいの、美しい手彫りのエンタイヤです。 正月の喧しい娯楽番組に食傷気味の皆様にはまたとない、癒しとなることでしょう。 下記にその写真とジョージさんの興味ある説明文を紹介します。・・・・

                Ws000035_4

オーラを放つ逸品

竜2銭貼 西京N11明治6.4.9朱印 文献ではUの使用例

 去年(2008年)の1月のオークションに竜2銭貼のエンタが、日フィラとタカハシとで計4点出品されました。私はその中からこのエンタを選びました。 抹消印が二重丸の朱印だったからです。 色変わり印というのはヒロジージさんのブログに書いてあるように、何らかの記念の意味があります。 この場合は新しい印が配給されたのを祝ってのことでしょう。西京への、N1B1印の配給日は明治6年4月1日で、このエンタは9日目の使用例となります。 これだけでも十分珍しいのですが、実は竜銭切手に西京の二重丸印が押されている例は文献によると未発見なのです。確かに、和桜朱2銭には初日印も存在するのですから、西京局に二重丸印が届いたときにはすでに竜銭切手の在庫がなかったと想像できます。 このエンタに貼られた竜2銭切手は郵便局で買ったものではなく、差出人が買い置きしていたものなのでしょう。その証拠となるのが寺の印です。 京都寺町の郵便函から差し出したものだと分かります。時間の都合でやむなくオークションには立ち会えませんでしたが、落札の一報を受けたときは天井に頭をぶつけるくらいに飛び上がって喜んだものです。 エンタというより正確には巻紙なのですが、私の数少ない手彫エンタの中では異彩を放つ逸品なのです。

ヒロジージの感想・・・

差出人の屋号らしき、「丸に 灰茂・京都」の、渋ーい印が押されていますが、茶道の炉に使う灰でも扱っていた大店でしょうか。 いかにも京都ならではの雰囲気で、西京の朱印にぴったりの印象に惚れ惚れとします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 6日 (火)

オーラを放つ逸品・その5

もう何年ぶりだろうか。 こんな張り詰めた気分のネットオークションのビッドは。 クローズ寸前7秒前のボタン押し。 爺には厳しい徹夜に近い明け方の入札。 しかもぶつは稀代の逸品・(と信じているが)・・・・そして、落札成功。 終わっても暫くは興奮冷めやらぬ気分。・・・・・ 詳しくはジョージさんの投稿記事をお読みください。・・・・

オーラを放つ逸品

郵趣界に2枚目が降臨 旧小判45銭記番印

データ:旧小判45銭無地紙P10記番印イウ16号(長崎)

(写真はネットに出ていたのをそのまま転載)

              Ws000039

日本切手名鑑小判を読むたびに必ず立ち寄る頁が旧小判45銭でした。 そこにある記番印を眺めながら、こんな素敵な切手があるのだな、と、あこがれていました。 1月5日、ヒロジージさんからのメールに『明朝4:10終了のイーベイオークションに出ているが、どうしますか?』という旨のメッセージとともにこの画像が送られてきました。 一目見て本物だと直感しました。 入札はヒロジージさんに代行していただきました。 結果が分かるまでは大学入試の合否を待つ受験生に戻ったような心境でした。  落札後、かの高名なクラーク博士の「ボーイズ・ビー・アンビシャス(直訳:趣味人よ、大志を抱け)」の言葉通りに念じれば通じることもあるものだと改めて思いました。 それと同時に、この切手と縁を結んでくださったヒロジージさんには、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。 本当に本物なの?と疑問を呈する方もおられるでしょう。 答えは簡単。 自分自身で本物と信じているのだから、それでいいじゃん。 切手展や鑑定、オークションには出さず、我がコレクションの秘宝にします。 世に出るのはこれっきりでお終いの逸品です。

                             Ws082

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月25日 (日)

オーラを放つ逸品・その6

だいぶ本筋の堅苦しいお題が続いたので、ここらで一休みして、「オーラを放つ逸品・その6」を紹介したいと思います。 去年このシリーズ第一回の旧小判4銭白抜記番の2つの切手の投稿をしてくださったジョージさんから、その直後にこの記事を寄せていただいていたのですが、今日まで大事にとっておきました。 ジョージさんの軽妙なお話と共に、この切手の美しい姿をお楽しみください・・・・・・

                                   Ws000043

オーラを放つ逸品

駄物と見間違えるような消印 

データ:冨士鹿第1次(旧版)8銭 和文ローラー名古屋赤塚5年

この切手は、ヒロジージさんから先に紹介した旧小判4銭白抜記番イチ一と一緒に画像が送られてきました。 メールの本文に旧版8銭と明記されていましたのでそのつもりで画像を見て、「ウソ!ホンマか?」と思わずつぶやいてしまいました。 もし知らされないで画像を見ていたら、「(新版)切手に素晴らしい消し方で(郵便消の)初期使用が乗ってますねえ。」で済んでしまったかもしれません。 私は実際にローラー印で押印したことがありますが、よほど気をつけて転がさない限りこのようなド満月鮮明印はできません。 だから、まず消印に引き付けられるあまり、台切手はありふれたものと勝手に決め込んでしまうでしょう。 何せ名鑑採録のローラー印でさえ横向きのフラ消なのですから。 絶対とまでは言わないけれど、ありえない話だと思います。 現在はマーキュリー図入りアルバムの中で妖しげなオーラを放っています。 余談ですが、隣に欧文ローラー印も鎮座しておりました。 ひょっとしたらオークションに出るかもしれません。 あなたなら旧版8銭欧文ローラーいくらで買いますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

オーラを放つ逸品・その7

続けて本筋のお題をUPしてきたので、ここらで一休みして、「オーラを放つ逸品・その7」を紹介したいと思います。 ジョージさんにお願いして少し新鮮なテーマで記事を書いて頂きました。 そうです、今もっとも若手に人気のある戦後記念切手の好ましい一点です、勿論希少な適正使用の消印についてです。

                            Ws000084

オーラを放つ逸品

記念切手の発売局使用例

データ:別府観光5円 櫛型麻布24.4.21東京都

記念切手を初期使用済で集めています。 初期使用済に限っていえば、戦後記念の3大人気=価格が高いものは、寄付金付切手、外郵料金額面の切手、発売局限定の切手、だと思います。 は説明するまでもないでしょう。 は今までは確かに高額で取り引きされていましたが里帰り品が大量にあるようですから、そんなに珍しくもなくなるでしょう。 問題はです。 戦後まもなくこの別府観光をはじめ地方博覧会など数種類の切手が地域限定で発売されました。 ここで売られた数からして、まともな印影は珍品だと思います。 表題の切手はヤフオクで入手しました。 画像で日付を見て3ヶ月以内の比較的初期の使用例だと分かりました。 しかし局名は別府ではなく麻布です。 不思議に思って日専で調べたら麻布局でも売られたことが分かりました。 この時代の消印にしては印が綺麗すぎるので偽消または後消かもしれないとも考えました。 幸い出品者は高名な切手研究家でしたので切手の出所を問い合わせました。 外国からの里帰りロットだということでほぼ本物と確信できました。 さらに数ヵ月後にはオークションカタログで麻布局の数ヶ月前の綺麗な消印も確認しました。 ここで疑問を感じたのは麻布には当時何があったのかということです。 戦後の物資不足の最中にもかかわらず印鑑は新調するし、地域限定発売の切手でさえこの局だけは特別に売っている。 そこで思いついたのが在日駐留米軍の存在です。 おそらく麻布の地にはこれに関する何らかの施設があったと推測しています。 いつかそのうち私の疑問が解かれる日が来るでしょう。 ・・・・この切手で分かるように切手の放つオーラは、私たちを想像の世界へといざなう無限の力を秘めていることもあるのです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年2月10日 (火)

麻布には当時何があったのか?

                         Ws000084

先週ジョージさんが寄せられたオーラを放つ逸品・その7」の記事を紹介しましたが、そのとき、上の図の切手の麻布局について、次の様な問いを投げかけられました。・・・

         ・・・・ 戦後まもなくこの別府観光をはじめ地方博覧会など数種類の切手が地域限定で発売されました ・・・・・ しかし局名は別府ではなく麻布です。 不思議に思って日専で調べたら麻布局でも売られたことが分かりました。 この時代の消印にしては印が綺麗すぎるので偽消または後消かもしれないとも考えました。 幸い出品者は高名な切手研究家でしたので切手の出所を問い合わせました。 外国からの里帰りロットだということでほぼ本物と確信できました。 さらに数ヵ月後にはオークションカタログで麻布局の数ヶ月前の綺麗な消印も確認しました。 ここで疑問を感じたのは麻布には当時何があったのかということです。 戦後の物資不足の最中にもかかわらず印鑑は新調するし、地域限定発売の切手でさえこの局だけは特別に売っている。 そこで思いついたのが在日駐留米軍の存在です。 おそらく麻布の地にはこれに関する何らかの施設があったと推測しています・・・・・・・・・・

このジョージさんの疑問に答えて、ブログを訪問されたさる有識者の方から次の様な貴重な情報を頂戴しましたので皆様にも紹介したいと思います。

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(ブログへのコメント)で:

今も近くの六本木には在日米軍のヘリコプター基地が残っておりますが、郵政省が飯倉に置かれていたことが大きいと思います。フィラテリック・エージェンシーの業務は当時、麻布郵便局が担当していたはずです。

(私へのメール)で:

ところで古い文献を調べました。
1948
10月に切手普及部が逓信博物館から郵政省内に移転し、郵務局管理課切手普及部(フィラテリック・エージェンシー)と改称し121日業務開始、また郵政省と麻布局は同じ建物に同居とのことです。 なお19534月東京中央局に切手普及課を設置です。

         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月12日 (木)

オーラを放つ逸品・その8

故あってこの所、本題のフランス切手に関するテーマのブログ更新が滞りがちで、サージュ切手の記事を楽しみに訪れてくださる方々には申し訳なく思っております。 そんな訳で、今回もジョージさんにお願いして「オーラを放つ逸品・その8」の記事を寄せて頂いたのですが、そのテーマの特異なこともさる事ながら、紹介された逸品の素晴らしい風合いや、また記事の示唆に富んだ内容は、豪傑・ジョージさんならではの雰囲気の溢れる面白さです。 記事の終わりの問いかけは、日頃どっぷりと切手三昧の皆様(私も含めて)にも、何かを考えさせるきっかけとなるやも知れません。・・・・・

               Ws000115

                                    Ws000114_2

オーラを放つ逸品

高額エンタ真贋判定の決め手になったものは・・・

データ:

洋桜4銭(イ)洋桜1銭(リ)貼 記番ナ24号大津消 

地方管内官民往復4倍重量4銭+不便地増料金1銭=5銭 

明治8年2月2日差出(書き込みより)

このエンタは一昨年の年の暮れにヤフオクで目に留まりました。 タイトルは 『明治8年の封筒 1銭と4銭』。 何だろうと思って何気なく覗いてみた私の目に飛び込んできたのがこのエンタでした。 (本物だろうか?) スタート値は1000円、あと数時間で入札終了、現在の入札者は数名。 急いで文献で洋桜4銭(イ)について調べてみたところ、確かに大津局で使用されていることまでは分かりました。 が、これだけではなんともいえません。 そこで思い出したのが手持ちの官民往復エンタです。 親戚の蔵から数通いただいたものが在りましたので1枚1枚を丹念に調べていきました。 すると、中の1通から封筒上下の封印が全く同じものを発見しました。 勿論宛名書き等の筆跡も共通点が見られました。 これで本物と判断し、めでたく落札することができました。  当時の記録を見ると、落札金額88万1千円、入札件数210人という記録的な数字が出ています。 またこの村が不便地であることは後ほど5厘葉書に1銭貼の官民往復便の画像を入手して確定できました。 高額エンタだけに騒動も引き起こしています。 我が家の法事にくだんの親戚の方も来られたのでお礼がてらにこのエンタを見せました。 場の話は自然にこのエンタのことになり、つい入手金額を漏らしてしまいました。 皆が帰ったあと嫁の怒気を含んだ声が・・・。 貯金通帳1通没収と相成りました。 詐欺事件も発生しています。 こともあろうに出品者がこの画像を再利用してヤフオクに出品したのです。 1度目は警察に通報してヤフオクは出品取り消しにしました。 2度目は努力の甲斐もなく誰かが落札されました。 かわいそうに。 本当にこの世の中どうなっているんでしょうね。 今回、このエンタが放つオーラについては何も触れませんでした。 このブログを見られた読者の皆さんはどんな感想をもたれたでしょうか。 コメントをお待ちしております。・・・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月28日 (土)

オーラを放つ逸品・その9

* 玄人好み・・・

久し振りにジョージさんから、お馴染み 「オーラを放つ逸品」 の投稿を頂きました。 いやあーその内容の凄いこと。 一見地味だが、その道の愛好家にはこたえられない魅力のある素晴らしい逸品で、多分他に類似のものは無いのではと推察いたします。 先ずは、とっくりとご覧ください ・・・・・・

          Ws000185_2_2

                                  Ws000186

オーラを放つ逸品

縦書印 創世記の消印

データ:U小判2銭貼神戸大ボタ+N33縦書印紀伊国岩出郵便局18.8.27

 この印は先だっての日フィラ600回記念オークション開催日の数日前に偶然見つけました。 それまでは、カタログ表記の冒頭にエンタを表す記号があり、出だしの記事が『縦書為替印の最初期使用』だったことで、てっきり縦書印が切手抹消に使われた初期、つまり明治23年4月の郵便誤用印だと思い込んでいたのです。 このような物は自分のコレクションには猫またぎ物ですから、端(はな)からパスしていました。 フロアでの入札予定品とリミットが決まり、ホットコーヒーを飲んでくつろいでいたとき、エアコンの風でカタログの頁が1枚まくれ上がりました。 ふと目についた最低値が5万。 単なる誤用印としては高すぎます。 興味本位で記事を読んでびっくりしました。 神戸ボタ! 18年8月! 俄かには信じられないような言葉が並んでいました。 慌てて文献で調べました。 その結果、縦書印が配布された日は18年8月14日、18年、19年の正規の使用例は存在せず、という驚きの事実が判明しました。 フロアでの入札予定を全部取りやめにして、このエンタに全てつぎ込みました。 結果は格安でした。 同席していた無二の収友と二人で思わずガッツポーズが出てしまうほどに。 こんな値段で落ちることが分かっていたら洋桜2銭貼不統一根室消の美エンタも買っておけばよかったとちょっぴり後悔もしましたけど。 縦書印コレクターにもそれほどには注目されなかった一品でしたが、私にとってはたいへん貴重な逸品です。 自分の縦書印アルバムの扉のページに収めようと思っています。 ちなみにこのエンタには 『聖書(バイブル)』 と勝手に命名いたしました。

      

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 3日 (火)

オーラを放つ逸品・その10

* 離島の消印

サージュ切手 「日付抹消印の Cachet Type の種類と変遷」 のお題も一応区切りに来ましたので、次のテーマ 「パリ本局抹消印の種類と変遷」 を取り上げたいのですが、資料の用意に少し手間取っていますので、ジョージさんにお願いして、 「オーラを放つ逸品」 の記事を載せていただく事にしました。 テーマは消印党の収集家が皆夢中になる 「離島の消印」 です。 そのエンタイヤの貴重なこともさることながら、気になることはとことん調査するジョージさんらしい、素晴らしい内容の記事を堪能してください。・・・・・

          Ws000027

オーラを放つ逸品

初期使用データ更新の謎を追う

データ:菊3銭茶貼丸一(国無)小笠原島37.4.25イ便

 昨年、日フィラの郵便入札で獲りました。 文献によると、この印は明治38年のみの使用となっているのですが、これは明治37年4月の抹消印です。 決して日付の誤植ではありません。 これによって最古使用データを大きく更新しました。 この印の国名欄は元々伊豆国でした。 ところが管轄は東京なのです。 東京の管轄なのに国名が伊豆では具合が悪いと考え、自局で国名欄を削り取ったのでしょう。 ここで疑問に思ったのは、いつ頃に伊豆から東京に編入されたのかということです。 思案の末、島の役場に問い合わせをしました。 メールの返信には、次のような島の沿革が記されていました。

・・・・・『明治以降の所管は、次のようになります。 明治84省での調査を終えた後に  明治9310日内務省直轄 明治13108日東京府管轄』・・・・・

これから分かるように、小笠原島は開局当時から東京の管轄だったのでした。 逓信省が国名に伊豆国と入れたのは、これらの地域が伊豆諸島と呼ばれていたのに起因しているものと思われます。 話はこれだけではありません。 役場の方は島の郵便、通信、教育に関する資料も添付してくださったのです。 全部で8ページ分です。見ず知らずの私のために貴重な時間を割いて詳しく調べてくださいました。 下記にその一部をお見せします。 当然のことながら私にとっては第1級の資料です。 今はパソコンの最重要フォルダの中に大切に保管しています。 そしてメールの後書きには『島に来たらこちらにお立ち寄りください』 との言葉が。 是非もございません。 仕事の第一線から身を引いたら真っ先に旅立とうと思っております。 異国情緒と人情に溢れた小笠原島へ。

      Ws000025

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月14日 (土)

オーラを放つ逸品・その11

* 機械印は日立型だけが主役じゃない

本題でのブログの更新に手間取る爺を見かねてか、ジョージさんは頃合を見計らっては投稿記事を寄せてくださるのでまことに有難いことです。 

・・・・ 戦後記念切手に機械印といえば猫も杓子も「 日立型 」 です。 日付も満足に読めない薄消しでも 「 日立型 」 と云うだけでウン万円という世の中ですが、今日のジョージさんの記事にみるようにこんな隠れた逸品もあるのです。 とくとご賞味ください ・・・・

          Photo_2

オーラを放つ逸品

闇夜にカラスのはずが

データ:1981年発行省エネルギー40円 機械印神奈川・長井56.8.17

 タイトルを見ずに画像だけ見てスゴイと思われた方は根っからの消印党だと思います。 この切手の刷色は非常に濃いので消印が読めなくて当たり前なのです。 櫛型印でさえ斜めから光を当てなければ判読できないほどです。 ましてや線の細い機械印などは印が押されているのが分かればOKなくらいです。 なのに、画像の印は正面からはっきりとデータが読めます。 台切手は全く退色していないのにどうしてなのでしょう。 印の部分を拡大してみるとその秘密が分かります。 図は 『奈』 を拡大したものです。 凹版印刷のようにインクが盛り上がっているのがよく分かります。 (勿論凸版ですので真ん中はへこんでますけど) しかし機械印では、普通これだけインクが付いてしまうと、次の郵便物が押印されて前の郵便物に重なった瞬間に印影が擦れてしまいます。 もう一度画像の切手の珍しさを確認しておきましょう。 まず、インクが充填された直後に押印されて、その消印の上に次の郵便物が重ならなかった。 しかも普通切手のサイズに満月に近い状態で押印されている。 (しかも発行後約2週間目の初期使用) これだけの偶然が一度に起こりうる確率がゼロに限りなく近いことは、消印愛好家ならすぐに理解できるでしょう。 この画像の切手は、省エネルギー切手をはじめ 『刷色の濃い切手は櫛型印やローラー印の悪消し (強く押された消印) で集めるのがセオリー』 という常識を見事に打ち砕いた痛快な1枚なのです。 これは100円均一のアプ帳から拾った

ものです。 しかし、これ以上の消印はこれから先いくらお金を積もうが出ることはないでしょう。 『小さな巨人』とはこの切手のためにある言葉のような気がするくらい惚れ込んでいます。 もし誰かに 「あなたは最近の記念切手をどのように集めていますか?」 と問われたら、何のためらいもなくこの切手を差し出します。 私の切手 (消印の部) 収集のポリシーすべてがこの1枚に凝縮されているからです。 自分にとっては正に究極の逸品です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月21日 (土)

オーラを放つ逸品・その12

* 飽くなき検証の成果

なにごとも納得のいく迄、突き詰めて止まないジョージさんから、最近の素晴らしい研究記事が寄せられました。ジョージさんにとっては、所謂ふるさとの消印である「不統一印大津検査済」 につぃての調査のご報告です。 これはまた、私の記憶の中に鮮明に残る出来事にも関わる事柄でもあるのです。

          ・・・・・・・・・・ *** ・・・・・・・・・・

      Ws000036_2

オーラを放つ逸品

大津検査済にはふたつのタイプがありました

データ:和桜黄2銭T 不統一印大津検査済

 昨年ヤフオクのロット品の中で上記画像の切手を見かけました。 一見本物のようにも見えますが、あまりにも完璧な印影なので偽消かも。 さっそく文献の印影と比べてみました。 字体はそっくりですが、文字の配置に明らかな相違がありました。 これは面白い。 なぜかというと、偽印らしき印影(以後A) のほうが文献記載の印影(以後B) よりも完成度が高いように思えたからです。 ひょっとしたら の後継印なのかもしれないぞと考え、出品者の嘆き声が聞こえてきそうな安値で落札しました。 この時点では、手持ちのオークションスクラップ帳で竜銭切手に B を確認していました(二番目の図参照)。 

                 

                                  Ws000039

を入手してからは、オークションに大津検査済の切手やエンタが出るたびにタイプを確認し続けました。 結果は出てくるもの全てが B でした。 しかも年末には B の7年11月二十某日のエンタまで出てきました。 これで、B の大津検査済は最初から最後まで使われていたことが確定しました。 やはり A は偽印だったか。 それにつけても不統一印の偽印恐るべし。 これがそのときの正直な感想でした。 ところが、程なくしてスターオークション2号で A を見つけてしまいました。 どこから見ても偽消だとは思えない中途半端な押され方です。 その直後に収友からもヤフオクで を見つけたとの一報をいただきました。 台切手はいずれも和桜黄2銭です。 いったいどういうことなのか??? つい最近になって、偶然手彫専門カタログの写真版で A のエンタを発見しました。 洋桜4銭イの頁です(三番目の図参照)。 

           Ws000038_3

息をこらして日付を見ると 7年11月24日!!なんと大津局では二つの印鑑を同時に使用していたのでした。 目下 A の最古使用例を調査中です。 ・・・・

この切手の放つオーラは私を捉えて離しません。 私が死んだら全ての切手は郵趣界に戻るでしょう。 が、この切手だけは私と運命を共にいたします。 なぜなら、この切手のおかげでヒロジージさんとめぐり合うことができたからです。 分かりやすく言えば、このロットの出品者こそ誰あろうヒロジージさんその人だったのです。 今回は世にも不思議な縁(えにし)を結んでくれた逸品を紹介させていただきました。・・・・

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月27日 (金)

オーラを放つ逸品・その13

* 明冶時代の公用便

本題の記事が続きましたのでここらでちょっと一息、お馴染みジョージさんの投稿記事を紹介します。 渋いがしかし滅多にお目にかかれない逸品です。

          Ws000062_2

オーラを放つ逸品

地方郵便は3倍重量便? 重量便+不便地持込料?

データ: 旧小判3銭貼◎六日町KG越後雷土村戸長宛 地方郵便 

文書より明治I3年10月9日(初期使用)

 忘れもしませんこのエンタ。 昨年の正月第一発目にヤフオクでゲットしました。 地方郵便 はちょっと聞き慣れない言葉ですが、明治13年1月に地方管内官民往復便から呼び名が変わったそうです。 いわゆる役所からの公用便は基本料金が半額になるという制度です。 たいへん景色のよいエンタだったので、使用例の珍しさもあり高値承知で入札しました。 その際に気になったことが表題の件でした。 地図で配達局から宛先地までの距離を測ってみました。 少なくとも十数キロの道のりがありました。 配達するのに3時間以上かかりそうです。 私の住んでいる周辺では少なくても10km以上離れている土地には持込料がかけられています。 そこでヤフオクの質問欄から出品者に質問しました。 「エンタの重さを教えてください」 「約15gです」 この重さは2倍重量便に相当するもので3倍重量便ではありません。 「商品説明では3倍重量便になっていますが、3倍重量便ではなくて2倍重量便+不便地持込料ではありませんか?」 これについては何の返答もありませんでした。 数日後に商品が届きました。 封筒の中には、くだんのエンタとともに 旧小判2銭紫貼地方郵便の宛先同名のエンタ と手紙が入っていました。 手紙の内容を以下に要約して紹介します。 『私は同封のエンタ (旧小判2銭) をもとにして3銭エンタを3倍重量便と判断いたしました』 旧小判2銭エンタの重量は12g。 まさに重量便に相違ありませんでした。 ( 料金は3匁 [11.25g] までごとに1銭。1匁は3.75g ) 理屈ではなく、実際にこの地方では十数キロ離れたところでも不便地持込料が課せられていなかったのです。 結果として、この3銭貼エンタは現在15gですが配達時には3倍重量にあたる、6匁(22.5g)以上の重量があるエンタであることが分かりました。・・・この原稿のデータ欄では切手の紙質を省きました。 その理由はちょっと恥ずかしいのですが、このブログの愛読者のために敢えて公表いたします。 このエンタは使用年からすると初期使用にあたります。 そこで3銭の初期使用なら薄紙の可能性が高いと判断しました。 そういった目で画像を見ると色調もそれらしく見え、目打部の余白も青白く見えてきました。 ところが届いた切手は木綿のP10でした。 欲目で切手を見るとそれらしく見えてしまうのでしょう。 己の未熟さを思い知らされた記念すべき入手品となりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 3日 (金)

オーラを放つ逸品・その14

* 年月の節目

昨年の11月にこのブログを立ち上げてから、年も変わって早やくも桜の咲く4月となりアクセス数も12500を越えました。 これも一重に、ジョージさん他皆様の変わらぬ応援のお陰と感謝しております。 4月はいろいろの分野で新年度となる節目の月ですが、郵趣の世界でも制度の節目で思いがけない珍品が出現します。 今回はその節目の珍品を紹介してくださるジョージさんの投稿記事です。 軽妙なジョージさんの語り口をご堪能ください。

         Ws000025

オーラを放つ逸品

ちょい珍しい+ちょい珍しい=珍品

データ:菊2銭貼 丸一鉄道郵便東京神戸間32.2.4下り三便(第一種料金2銭時代)

 天野氏著『エンタイアを読む』が発刊され、適正1枚貼がブームになった頃にサンフィラテリックオークションで入手しました。 まず、オークションの記事を読んで2銭切手と鉄道郵便の組み合わせが面白いと思いました。 鉄道郵便印は鉄道貨物の郵便車や特定の駅局だけで使用される印ですから数は少ないです。 しかも特殊取扱はしていませんから第一種と第二種が大半を占めています。 菊の時代でいえば3銭と1.5銭がこれにあたります。あとの額面は外郵便を含めて数は少ないでしょう。次に、写真版を見ました。明治32年2月4日の日付が見えます。 菊の時代の第一種便の2銭料金は32年1月から3月までの3ヶ月間だけです。 加えてU小判2銭の在庫を使い切ってから菊2銭を使うのが通例ですから、これまたエンタの存在数は多いとはいえません。・・・このエンタの希少性を概算してみましょう。 仮に鉄道郵便の出現する確立を100枚に1枚、菊切手2銭適正料金の出現する確立を同じく100枚に1枚として計算すると、菊2銭適正料金時代の鉄道郵便エンタの出現する確立は100×100=1万枚に1枚という珍しさになります。 現実にはこれと同等のエンタはこの世には存在しないのかもしれません。・・・結局このエンタは6500円で落札できました。 珍しい使用例の割には思いのほか安かったです。 カタログの記事には日付が33年と誤記載されていたのも原因のひとつだと思いますが、価値観の相違によるところが大きいと思います。 結論として、カタログ値によって切手やエンタの価値を知ることは大切だと思いますが、それに加えて自分なりの価値を見出せたら、切手やエンタの収集がもっと楽しくなるだろうなと思っている今日この頃です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月10日 (金)

オーラを放つ逸品・その15

     * 再び離島の消印

今日のお題は、日本切手の消印収集家の心を捉えて止まない、そう再びあの 「離島の消印」 です。 おなじみジョージさんの投稿記事ですが、これはかなり以前に寄せられたもので、故あって今日まで手元に預かっていたものです。 (私事と絡んで発表の時期を待っていたものです)

                          Ws000057_2

                          Ws000062

                          Ws000064

オーラを放つ逸品

離島や僻地の局

データ:

[] 旧小判6銭エスパルト紙P10KG大島名瀬

[] U小判2銭P13縦書丸一根室郵便電信局大K1

[] 菊5銭P12.5丸一千島蘂取(しべとろ)

 [] の小判6銭は去年の日フィラオークションで見かけたものです。 消印のかかり具合が中途半端なのでコレクションに入れるつもりはありませんでした。 でも、同じ程度の印影が二重丸日付印精集に採録されていますし、なんといっても珍しいです。 迷った挙句に 「離島や僻地の局」 という苦しまぎれのサブコレクションを立ち上げることに決めて落札しました。 [] のU2銭はヤフオクで入手しました。 この局の小型印はよく見かけますが、大型印はなぜか見かける機会がありません。 ここの局員さんは切手の中央にていねいに押印する几帳面な性格だったようです。 だから根室の消印は好きで、けっこう持っています。 [] の菊5銭は即売会の会場で購入しました。 同じ局印が10枚ほど有ったので一番消印のかかりのよいものを求めました。 印影のタイプは2種類あります。 写真のように局名の一部が潰れているものと、これより字体が大きいものです。 どうやら局名部分が目詰まりしたか潰れたので新しい印に取り替えられたようです。 このように、離島や僻地の印を集めるようになってから、地図やインターネットで地域の位置や様子を調べることが多くなりました。 ちょっと旅行に行ったような気分を味わえて、しかも紙質や目打にこだわることなく集められる、一粒で二度おいしい切手たちです。 これらの切手のオーラは調べ終えた後に更に大きく見える場合が多いのでほんとうに楽しいですよ。・・・・・・

ヒロジージの追記

もう二十数年も前のこと、まだ日本切手の収集現役の頃、私も離島の消印に夢中でした。 旧小判4銭KG奄美大島名瀬や丸一印の千島、礼文島、利尻島、奥尻島、焼尻島、喜界が島などなど、かなりの数を持っていましたが、全て処分してしまいました。 今でもそれは悔やんではいませんが、当時もっとも力をいれていたのが、北海の島々でした。 なぜなら、私の母が礼文島の香深の生まれだからでした。 母は明冶39年の生まれで、母の父は町大工の棟梁で、当時北海の鰊の大漁で沸いていた礼文島の網元に招かれて、鰊御殿を建てるべく香深に滞在していたのです。 やがて母は年頃になるまで樺太の豊原に移り住み20歳で当時豊原の製紙会社に勤務していた父と結ばれたのでした。 今では日本の最北端になる礼文島の冬は厳しいですが、6月になると一斉に野花が咲き乱れる美しい島です。 16年前の花の季節に初めて母の生まれ故郷を訪れ、母の没後20年の節目を偲びました。 下図は2月の上旬イーベイで落札出来ずに悔しい思いをした礼文島の香深の縦書き印です。 新小判5厘の美しい消しで今でも記憶に鮮やかに残っています。 (實は香深の消印を入手したらこの全部の記事を掲載しようと待っていたのですが当分見込みがないので発表させて頂くことにしました・・・・・)

                    Ws000079

   

今日ここに記載した4つの消印の地図上の場所を示したグーグル・アースの写真を下記に紹介します。 いずれも、よくもまあこんな所に郵便局があったものだと思うような僻地です。

            Ws000067

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月17日 (金)

オーラを放つ逸品・その16

     * 生まれたばかりの珠玉の消印

今日のテーマは、このところ週末の恒例となっている、ジョージさんの投稿記事です。 「オーラを放つ逸品」の記事も回を重ねるごとに輝きを増しています。 今回の逸品は、手彫り・旧小判のいずれを問はず収集家を魅了して止まない白抜記番印の最も希少性の高い消印のエンタで、恒に珍品を求めて彷徨うジョージさんが遭遇した逸品です。

            Ws000028_3_2

                                 Ws000033_2

オーラを放つ逸品

未知との遭遇 エンタ編

データ:

洋桜6銭(ソ)貼 白抜記番イケ一函館KG渡島10.31

22東京8年11.5敦賀 書留 

函館白抜記番最初期使用例

 今年の1月か2月頃だったと思います。 ヒロジージさんとメールで郵趣談義を楽しんでいた折に、函館の白抜記番印はどの程度の珍しさなのかに話が及びました。 それまではイケ一の知識をあまり持ち合わせていなかったので『郵便消印百科事典』を見ました。 消印の解説の冒頭に『明治8年10月31日の最初期使用例は、・・・・この更新はまずなく、注目すべき使用例である。・・・・函館にはつぶれ印が非常に多く・・・・数は、はがきを含めて約20通だが、やはり少ないということになる。・・・・』と書いてありました。 フ~ン珍しいのかあ。 ・・・その数日後、名古屋の切手バザールに出かけました。 特に欲しい切手もなかったので、ブラブラといろんなブースを冷やかし半分で覗いているとき、アカデミー商会のショーウィンドーの中にこのエンタを偶然見かけたのです。 真っ先にイケ一の鮮明な消印が目に飛び込んできました。 台切手は手彫の6銭1枚貼り、書留で明治8年の東京。 この時点で函館白抜記番印の初期使用だろうと推測しましたが、いかんせんそれ以上のことが思い出せず所持金も販売額ほどは持ち合わせていなかったので一旦あきらめて家に帰りました。 早速、家でカタログや文献を調べました。 当時の郵便料金を見ると書状は2銭、書留料金は明治8年までが4銭ですから、6銭1枚貼りで合致しています。 また、イケ一の最初期使用が8年10月31日ですからどう転んでも初期使用に間違いはありません。 ひょっとしたら10月31日よりも以前かも、などとあらぬ妄想までが頭をよぎりました。 販売額から推定すると改桜6銭が有力でした。 次の日、朝一番にアカデミー商会のブースへ直行しました。 ショーケースから取り出してもらってルーペを片手にまじまじとエンタと対面しました。 貼られている切手は改桜ではなく洋桜でした。 切手上に目立たぬ虫食いがあったために値段が安かったのです。 次に函館のKG証示印を見てびっくりしました。 なんと最初期使用の10月31日そのものだったのです。 郵便消印百科事典の記述はこのエンタのことを指していたのだということを初めて知りました。 万が一、百科事典の原文作者が確認したエンタと違っていたとしても、同じ日付のエンタを発見できた喜びは同じです。・・・シュリーマンが物語からトロイの遺跡を発見したように、私も文献に書かれてあった幻の逸品をこんな形で発見できたことを幸せに思っています。

ヒロジージの追記

ジョージさんの当初の投稿記事の最後の方に若干事実とことなるくだりがあった為、ご依頼にそって現在の文面に訂正をいたしました。 またその事に関してジョージさんから次の様な丁重なお詫びの言葉が寄せられました。

「当初、文中で「郵便消印百科事典」の著者を切手商と書きましたが、記述原文は著名な郵趣家によるものとのご指摘を読者様よりいただきました。 私の勘違いのために、関係諸氏の方々にご迷惑をおかけしたことを紙面からでは在りますが、深くお詫び申し上げます」

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月23日 (木)

オーラを放つ逸品・その17

(画像は拡大してご覧ください)

                                          Ws000068_2

    * フランス版 離島の消印・・・・

このところのジョージさんの投稿記事に刺激されて爺も久し振りに 「オーラを放つ逸品」 の記事を書いてみました。 そうです、テーマはフランス版 離島の消印です。 離島の消印に魅かれるのはフランスの収集家も同じで、その人気は侮れないものがあります。 勿論爺もその魅力の虜となった一人ですが、わけてもあのロマン溢れる南海の美しい島、タヒチ島の消印にはぞっこん惚れ込んでいます。 タヒチと云えば皆直ぐに思い浮かぶのが画家ゴーギャンではないでしょうか。 彼はゴッホとの共同生活に疲れ果て、やがて一人傷心の旅に出、水夫の時に憧れていたタヒチにやって来たのです。 時に1891年、それから2年の間、彼は13歳の幼い現地妻と暮らし、絵を描くことに熱中したのでした。 

                                    Ws000065

                      

                                     Ws000041_2

下記の切手は私蔵のタヒチの消印のある実例ですが、美しい消印の押されたものは、いずれも希少です。 なかんずく、1876年4月の日付抹消印が導入される以前の、フランス植民地共通の点描菱形印に OCN の活字が入った抹消印が押された初期植民地ジェネラル切手の使用済み単片は貴重なものです。(タヒチからの郵便物の数自体が少ないのもその一因でもあります。)

                Ws000042

                        Ws000039_2

               

現在所有しているタヒチの消印のある使用済みは上記のものが主ですが、本当に憧れている切手は植民地切手のジェネラルでNo.24->45迄のサージュ無目打切手1877年->1880年発行)無加刷の使用済でPAPEETE -TAITI の日付抹消印のあるものです。 かれこれ二十数年にもなりますが、未だに入手する事ができません。 下図はその憧れの切手で10年位前のセレス・オークション・カタログに載っていたものです。 その美しい印影には心底惚れ込んだものです。

                                        Ws000043_2

タヒチの切手には1882年以降の加刷切手(台切手はサージュとジュボア)で大珍品がいくつも存在します。 下図にその高嶺の花の一部を紹介しますが、詳しいことはまた次の機会にタヒチの郵便史と共に詳しく説明したいと思っています。

: 

                          Ws000042_3

: 

最後に私蔵のタヒチ1938年消の植民地雰囲気溢れる切手をご覧ください。

                                     Ws000042_2

{注} タヒチの消印は最初 OCN それから TAITI (OCEANIE)-> TAITI -> TAITI -> ILE TAITI と変化しています。(TAITIに  が加わっています)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月25日 (土)

オーラを放つ逸品・その18

    * 20世紀初頭、中国は上海の郵便事情は?・・・・

ブログ開始から早や5ヶ月、サージュ切手の研究もすっかり板についてきたジョージさんですが、ついに「オーラを放つ逸品」の記事の材料となるような代物を見つけてきました。 ちょっと消しが薄いのが残念ですが、ジョージさんも述べているようにエンタの背景はとても興味のあるものです。 是非とも皆様のお知恵を拝借したいと思います。

             Ws000039

        Ws000042

オーラを放つ逸品

* 差出人の意図が分からないエンタ

データ:

厚手唐草2銭に中国蟠竜4分、フランスサージュ10c(C103)Chine加刷貼 
丸一上海 13APR 01 & CACHETS A SHANGHAIスコットランド

3ヶ国コンビネーションはがき

 このエンタは、前回のオーラに登場した洋桜6銭貼函館エンタを購入した際に見つけました。お金の持ち合わせがなかったので、アカデミー商会のオーナーに取り置きをお願いして1ヵ月後の大阪バザールにて購入したものです。 切手やはがきに押されている消印はいずれも不鮮なのですが、全て上海の消印であることに興味を持っての購入でした。 そこで、当時の上海の郵便事情からこのエンタの足どりを追ってみることにします。 まず、この唐草2銭はがきは中国上海局に持ち込まれました。中国上海局では差出人からお金4分を受け取って中国蟠竜4分切手を貼り、はがきと切手に消印を押してサージュ10cを貼ってフランス上海局へ送りました。UPUに加盟できなかった中国は外国の切手を購入して封筒に必要料金を貼って在外国局へ届けなければならなかったのです。) フランス上海局ではサージュ切手に消印を押して宛先に届けています。 この経緯については私の調査で間違いはないはずです。 ・・・一見なんの変哲もないエンタのように思えますが、調べれば調べるほど訳の分からないことが出てきました。第1の疑問は差出人です。 差出人はジャックという名のスコットランド人でした。 外国人の彼がなぜ日本のはがき、それも一昔前のはがきを持っていたのでしょうか。 しかも、このはがきを日本上海局へ持ち込んだら2銭を加貼するだけで済んだはずです。 それなのにわざわざ中国上海局へ持ち込んで4分を支払っています。 さらに、宛先はスコットランドにもかかわらずフランス上海局へ送られました。普通に考えるならイギリス上海局に送るはずなのですがなぜでしょう。 この疑問を解決するには差出人がフランス局経由にすることを自分から申し出たとしか考えようがありません。 ・・・このはがきは母国の妹(姉かも)に宛てたものです。 私は外国語が苦手なのでヒロジージさんに裏面を訳していただきました。本文の内容を略して紹介させていただきます。 『先週はお手紙ありがとう。 私はこれからフランス人居住区に住んでいる ○○さん夫妻に会いに行くよ。』『ドイツ郵便の世話をやめる』のはジャックさん本人とも ○○さんともとれるとのことです。・・・私は、ジャックさんがこのエンタを介して妹に『上海にはこんなにたくさんの外国局があるんだよ。』とメッセージを発しているような気がしてなりません。 それともこのはがきをスコットランドまで届けるにはこのような手続きが必要だったのでしょうか。 もし、当時の上海の郵便事情に詳しい方がおられましたらレクチャーしていただければ幸いです。

ヒロジージ追記

ハガキの文面が判読しにくいので活字体にして表示します。 

            Ws000057

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年5月 1日 (金)

オーラを放つ逸品・その19

    *ブログの悩み・・・・

ジョージさんのサージュ切手研究の援けにと始めたブログですが、週に3回は記事をUPしようと努力しています。しかし、三回ともサージュ関連では直に種切れになってしまうので、ジョージさんにお願いして投稿記事を寄せていただいています。 せめて、サージュ関連を2、投稿記事 1、を維持したいのですが、とうとう今週は 1:1となってしまいました。 然しその投稿記事はますます興味深いものとなっています。

             Handa1a2

                                        Handa2

オーラを放つ逸品

* 小判切手と不統一印

データ:

旧小判1銭黒無地紙10縦3連貼 半田不統一印 

裏面半田KG尾張知立KG三河

 オーラに登場する自称 『逸品』 は圧倒的にエンタが多いです。 自分のコレクションのスタイルは基本的に未使用と使用済との1種1リーフで、エンタの収集はどちらかというとサブコレクションになりがちです。それなら何故、単片のほうで記事を出さないのかと疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。 答えは簡単です。 記事になりにくいからです。 例を挙げておきましょう。 菊50銭櫛型12×12.5未使用であれば、『菊切手基本目打の最難関をヤフオクで 00円 でゲットしました。』  旧小判20銭20ミリCENZANも、『満月鮮明印がロットに入ってました。 日専には記載されていません。』 下手をしたら1行で終わってしまいそうです。 それに比べるとエンタは記事にする要素がたくさんあります。 郵便の種類やら証示印、配達の経路、日数、古い切手であれば使用年月日など、当時の郵便事情を想像する手がかりが残されている場合が多いのです。 という訳で今回もエンタを紹介させていただきます。 ・・・今回のテーマは旧小判切手と不統一印の組み合わせです。 消印の出現時期だけを見ると、消印の古さは不統一記番二重丸の順に並ぶのですが、旧小判切手に限っていえば決してそうとは言えません。 旧小判切手上に見られる不統一印は、例外なく記番印が配布使用された明治7年12月以降に開局した郵便局のものなのです。 (注:未納不足用としての不統一印流用はその限りではありません。) つまり、官製の記番印がもらえなかったので自局で抹消印として不統一印を作ったのです。 ほとんどの局で概ね記番印と同じように明治9年末頃までで使用を終了し二重丸印で抹消するようになりますが、それから数年間は細々と不統一印を使い続けた局も存在するようです。 それでは半田局での使用状況はどうだったのでしょうか。 半田局は明治9年4月10日に5等局として開局しました。 当然のことながら記番印の配布はありませんから(二重丸印は開局当初から証示印として配布されていたはずです。) 白抜きの『半』の字を抹消印として使いました。 旧小判切手の単片上に比較的多く見かけますから、9年以降も使い続けたに違いないと思われます。 エンタに貼られた1銭切手も最初期の無地厚紙ではないことからも証明できそうです。 それでも、半田局消のエンタの存在数はおそらく10通以内でしょう。 半田局に限らず、小判切手と不統一印の組み合わせは貴重だと思っています。 ここ数年来、旧小判の不統一印消エンタを20万程度でずっと狙ってきました。 でも縁がなかったのか、ひとつとして落札することはできませんでした。 そして今年になって初めてSEVENオークションで落札することができました。 値段も20万を切っており、今までの入札の最低の値段で落札できたことをうれしく思っています。 現在2匹目のドジョウを捜索中です。 (こんな値段ではもう無理かも) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 8日 (金)

オーラを放つ逸品・その20

    *ミシュランならぬキバンイン [☆☆☆☆☆] 五つ星・・・・

今週末お届けするは、ジョージさんの 記番印型録五つ星のエンタ のお話です。 獲得と同時進行の軽妙な解説記事をお楽しみください。 { 日本記号入番号消印型録・古屋厚一著 } 参照

              Re521

                                    Re522

オーラを放つ逸品

* 最後のニホンオオカミがここにいた

データ:洋桜1銭ホ2枚貼 記番レ52号消鷲家口KG大和・吉野


 4月25日。 まだ入手が決まっていないのに、ヤフオクの画面を見ながら、これを書いてます。数日前に見たときは単なる記番の珍局、しかも切手は傷物と一笑に付したものですが、見ていくうちにこのエンタの魅力の虜になっていきました。 証示印の局名が4字に見えたので記番印カタログでどこの局かを調べたのがそもそものきっかけでした。 レ52号=『鷲家口』? はて、どこかで見たような気が。 それはともかくとして、この二重丸印の局名のできばえは最悪です。そこで、偽物である可能性から調べることにしました。 出品者は、その他の出品物や評価を見る限りでは、骨董屋さんのようです。 蔵出しの品かなあ。 そして、インターネットを駆使して、エンタに記されている村の位置を確かめました。その結果、差出は奈良県吉野郡の三尾村で、隣接する宇陀郡の麻生田村に届けられたこと、当時は鷲家口と宇陀地方とは行き交いが盛んだったことなどが分かりました。 どうやら本物のようです。 それにしても、普通の漢字の2倍もある鷲の字ってある意味すごいですよね。・・・インターネットの検索の過程で当然『鷲家口』も調べました。 検索結果を見たときに、やっと、はて?と引っかかった訳が分かりました。ニホンオオカミについてのタイトルがずらりと並んでいます。 これを見て、最後のニホンオオカミが捕獲された土地こそ、この鷲家口だったことを思い出しました。 捕獲されたのが明治38年のことですから、このエンタが送られた当時はオオカミが群れを成して山中を走り回っていたのではないでしょうか。 本当にとんでもない僻地(失礼)でした。 カタログ値の高さもうなずける値段です。 ・・・エンタの作りも少々変わっています。 四角い和紙を手紙の大きさに合わせて折っていき、最後に上部と下部を折りたたんで糊付けし、下部の折りたたみ部分に切手を貼っています。画像で見ると切手と消印が逆位置になりますが、封をされた状態では正位置になります。 不足税の朱印があることから不便地持込税の1銭分が足りなかったことも分かって、なかなかの名品だと思いました。 現在、入札額は5万円を少々超えています。ライバルは地元印コレクターでしょうか。 伝統郵趣を重んじる方は切手に傷があるのでそんなに高額の入札は考えにくいのですが。 ちなみに私も伝統郵趣としてはコレクションに入れるつもりはありません。 これは、離島・僻地消のアルバムの扉を飾るためにぜひとも欲しい品です。 何といっても最後のニホンオオカミが捕獲された超弩級の僻地なのですから。私の収友も3人揃って結果を見守ってくれてます。 心強いかぎりです。
 
4月26日。 10時40分終了。 50300円のままでした。 ヤッター! これで安心して寝られます。夜は弱いんです。 おやすみなさい。
 
4月28日。 あっという間に商品が届きました。 早速、昨日のうちに作っておいたアクリルケースに入れたリーフに納めました。  リーフはA4の厚紙を数センチ切り取ってケースの大きさに合わせました。 エンタに空気が入らないようにナイロン袋で密封するなど保存には気を遣っています。 鑑賞よりも良好な保存が第一ですからね。改めて、獲れてよかったと感慨深げに眺めています。 次もいいモノ獲るゾー。

                    Re523

拡大してご覧ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月15日 (金)

オーラを放つ逸品・その21

    *老いの手習い? ・・・・

四十の手習いならぬ今更「草書」の字のくずし方など、ジョージさんも罪が深い。 エンタの上書きの正しい解釈を求めてパズルの難題。 こんな事なら若いときにお習字の勉強に励めばよかったと、今頃嘆いてみても始まらないか・・・・・・

[ 以下、お馴染みジョージさんの投稿記事です ]

          Kikubetsubin2_3

オーラを放つ逸品

『 別 』? 郵便料金も謎

データ:

菊50銭、10銭、5銭、計65銭貼 丸二大坂天満38 11-6后2

近江八幡38.11.7イ便 書留

 菊切手以前の高額面貼エンタといえば価格表記郵便や外国郵便に限られてしまいます。 国内便では別配達市外便30銭が最も高料金ですから、せいぜい50銭が限度だと思います。 ところが、日フィラのオークションカタログで上のデータのような記載を見つけました。 切手の部分だけ写真版もありました。 どんなに大きなエンタだろうと興味津津で下見に出かけました。 案の定、棚の引き出しにはありませんでした。 棚の上のファイルから取り出して現物を見ると、思っていた以上に小さなエンタでした。 縦27センチ横12センチほどの大きさです。 ためしにボストークアルバムリーフの上に乗せてみると、上下にタイトルやデータを書き込むスペースこそありませんが、リーフに収まるサイズでした。 

           Kikubetsubin1_2

料金を考えてみましたが、第1種郵便の書留とすると(65銭-7銭)÷3銭=19余り1銭となり料金に適合しません。 それどころか19倍重量便がこのような小さな封筒に入るはずもありません。 ましてや第4種郵便としたらそれこそ百科事典クラスの重さになってしまいます。 もちろん小包郵便でもありません。 そのときは訳の分からないまま入札し、6万6千円で落札しました。 その後、なんの手がかりもないまま月日が過ぎましたが、表書きにある4文字が気になっていました。

                      Kikubetsubin3_2

 なぜかというとこの部分だけ墨の濃さと筆の太さが違うからです。 字体も宛名書きと比べると崩し字になっています。 それでこの4文字を解読してみることにしました。 3番目は『書』ですぐに分かりました。 次に1番目は『別』と読めることが分かりました。 後の2文字は見事な崩れようで、この字だけでは判読できません。 そこでこれを4文字熟語と考え、どのような漢字が当てはまるかいろいろ考えてみました。 まるでジグソーパズルを組み立てているような感じでした。 その結果、2番目は人偏と横棒、斜めの線の入り具合からして『便』が入りました。 同じような推理で4番目は『留』となりました。 続けて読むと『別便書留』です。 郵便用語には全くない言葉です。 しかし、郵便印の受付日時と到着日時をじっくり見ていくと「アラ!」と思い当たりました。 この書留は午後2時ごろに天満で受け付けられて翌日の早朝(イ便)には近江八幡に着いているのです。 時間にして半日前後!! いかにも早すぎます。 ひょっとしたらこの書留は通常の配達ルートでなくて特殊なルートを使って、いち早く宛先に送り届けられたのではないでしょうか。 そのために高額な料金を支払ったと。 ・・・こんなふうに荒唐無稽な発想を考え付けるのも趣味の醍醐味ではないでしょうか。 もし私が切手研究家ならば、このような非常識を記事に載せていたらとっくの昔に追放されてたと思いますけど。

ヒロジージの追記

爺も一応パズルに挑戦しようと下記の様な図を作成しました。(拡大して見てください) 結果ジョージさんの説に賛成です。 草書の素養が全く欠けている身にも大体の想像をするのには十分な資料です。 読者の皆様の感想は如何ですか? それにしてもこの金額65銭のきちんとした内訳が知りたいですね。

                Kikubetsubin4_2

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2009年5月22日 (金)

オーラを放つ逸品・その22

    *清楚で美しい佇まい ・・・・・・

いったい何が送られたのだろうか?

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

         5rinp1_2

                  5rinp2

オーラを放つ逸品

在りそうでありえない使用例

データ:

新小判5厘縦ペア貼  KIOTO 5DEC 94USA 印刷物

 日フィラで下見をしたときに、このエンタの状態が良くて、しかも使われ方が珍しいので一目惚れしました。 珍しいというより、ありえないといったほうが正確でしょうか。 エンタについて簡単な説明をします。 これはアメリカ宛の印刷物で料金は1銭です。 1892年7月1日から1897年9月30日までの5年間はこの料金でした。 期間は長いのですが、使用例はあまり多くはありません。 ・・・このエンタの最大の見所は何といっても5厘切手がペアで貼られていることです。 仮にこれを切手を貼らずに郵便局に持ち込んだとしたら、郵便局員は間違いなく1銭切手を貼るでしょう。 しかも相手は外国人です。 当時の外国人といえば例外なく社会的地位の高いお偉いさまですから、間違っても5厘切手を2枚貼るような失礼なことはできません。 それならば差出人の外国人が5厘切手を貼る可能性があるのでしょうか? 答えは否と思いました。 これが日本人なら5厘切手がダブついているとか、もったいないとかで使ってしまうこともあるかもしれませんが、外国人となるとそれは考えにくいです。 当時の彼らにとって日本の物価はたいへん安いものでしたから、そんなにケチることはなかったはずです。 改めてこのエンタを観ているうちに、以下のような想像の世界にどっぷりと浸ってしまいました。 ・・・この外国人は KIOTO に観光で来たのでしょう。 彼は名所旧跡をめぐり祇園での宴会を存分に楽しんで日本の文化のすばらしさに感動しました。 そして旅の記念にと郵便局に立ち寄り、お土産で買った絵葉書の中から1枚を選んでアメリカの友人に送ったのではないでしょうか。 云々・・・。 と書いてヒロジージさんに原稿を送ったところ、以下のような内容が返ってきました。 『この宛先は ニューヨーク にある Hub と云う雑誌の出版社宛のものですが、この雑誌は「自動車の車両に関する業界紙」の様なもので、1800年代末の著名な業界紙の出版社宛のものです。云々・・・』 これで私の迷推理はあえなく潰えてしまいました。 しかしながら、間違えたことに対する恥ずかしさは全くありません。 自分が推理したことによって、また一歩真実に迫ることができたのですから。 それにしても、返信文の中でヒロジージさんも書いておられたように、この印刷物はいったい何だったのでしょう。 また、なぜ5厘切手を使ったのでしょう。 下手な推理をしたおかげでますます謎が深まりました。 このエンタの正体についてアドバイスをいただけるとありがたいです。 参考までにこのエンタについて補足します。 裏側は真っ白です。 つまり、差出人の名前も到着印もありません。 さらに、中身が印刷物だと分かるように封筒の表左上を四角に切り取って開封書状に仕立てる工夫をしています。 (注:色紙は私が差し込んだものです。) このエンタは12500円で落札しました。 私は外郵便についての専門知識がほとんどありません。 落札値についてもエンタの稀少度についても確たる自信はありません。 しかしながら、この5厘の使われ方については不思議としか言いようがないのです。

ヒロジージの追記

ジョージさんは疑問に思って居られるようですが、(どうやって入手したかは別として) 5厘切手2枚はこの封筒の差出し人が貼ったものだと私は思っています。 何故なら、封筒の角を切り印刷物を入れて封をし、切手2枚をバランス良く貼り、それから宛名を書いていることが想像出来ます。 その宛名の書き方はペン英習字を正式に学んだ教養のある人物のもので、實に手馴れた、しかも美しいバランスで書いています。 ジョージさんにも伝えましたが、 The ” Hub “ は業界紙(グーグルで検索可能)であり当時有名なその出版社宛に細かい住所も書かずに NEW YORK とだけで差出すと云う事は、送り主がなんらかこの業界紙と関わりのある人物ではなかったかと想像しています。 日本に初めて持ち込まれた自動車は1899年(明冶32年)にアメリカ商人による電気自動車だと云われていますので(ネット上の某資料に拠る)、この封筒の日付1894年末(明冶27年)頃には市場調査で来日した米国人も居たのではと想像したら、いささか穿ち過ぎかな? ・・・・それにしても何故京都からなのだろうか?・・・・・

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年5月29日 (金)

オーラを放つ逸品・その23

    * 切ない友情 ・・・・・・

本当に好い品は在るべきところへ流れて行くのだろうか。 それだからこそ逸品と呼ばれるのかも知れない。 しかし超不景気で軒並み価格下落の今年なら、この麗しい?友情物語は実現していたかも ・・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

     Shanghai1_4

                            Shanghai2_5

      Shanghai3_2

オーラを放つ逸品


収友に紹介したはずが

データ:
U小判5銭P13貼 年号4字SHANGHAI 1892 JAN 8 (年月日逆順)

YOKOHAMAVICTORIALINCOLN、NEBR
 

昨夏の日フィラ・フロアオークションに出品されていました。 自宅で下見する切手を選んでいたときに、ちょうど収友が喜びそうなエンタを見つけました。 上海の欧文4字です。 文献に付録でついていたカタログで値段を調べると、その前後に使われた20ミリや二重丸MEIJIと比べて10倍くらいの値段がついていました。 使用期間が短かったためです。 文献には 『1891年9月から1892年3月までのデータがある。』 と書かれています。 前後の消印もこの期間ぎりぎりまでの使用例があるので、最長でも6ヶ月強の使用例とみていいでしょう。 加えて年月日逆順の植字ミスはかなりの期間そのままで使われたということですが、長くて1ヶ月弱と判断し、これは珍品だぞと思いました。 エンタの状態が良ければ欲しかったのですが、このときは第一本命がこのエンタと同じくらい高額でしたので、これを入手するだけの余力がありませんでした。 ・・・下見で見たこのエンタの状態は極美の部類に入るものでした。 日フィラのオーナーである西岡さんに頼んでコピーを撮ってもらいました。 家に帰って早速メールで外信印を収集している収友へ 『たいへん良いエンタを見つけた。 最低値が高いので入札はできない。 しかし、そのまま放っておくのも惜しい気が・・。』 という内容を送信し、コピーを郵送しました。 程なくメールが届きましたが、『ものすごく欲しいけど、値段が高すぎて手が出ない。』 という内容でした。 う~ん残念。 誰がいったいいくらで落札するのだろう。 そんなことを考えながらフロアオークションの日を迎えました。 この日のオークションは予定通りのスピードで進行していきました。 途中で手彫の不統一印を安値で落札したことをかすかに覚えています。 第一本命は入札限度額を超えて誰かに落札されてしまいました。 そして今日はこれで終わりかなと思ったときにこのエンタの番号がコールされました。 一呼吸置いてからスタート値が西岡さんの口から出てきました。 私の意に反して、最低値でした。 西岡さんと目を合わせたまま団扇を上げました。 「23万、ありませんか。 落札ありがとうございます。」 の一声で最低値での落札が決まりました。 ・・・帰りの電車の中で今日の出来事を振り返りました。 大山鳴動して大物一匹か。 第一本命は落札できる自信があったし、U5銭上海エンタは高額落札されると予想していただけに、全く逆の結果になったことがおかしくてたまりませんでした。 オークションのスリルとサスペンスを存分に体験できた一日となりました。

爺の告白・・・(いまさら?な話ではありますが・・・)

お願いして始まったジョージさんの オーラを放つ逸品」 シリーズの記事もすでに20回を越えてますます面白さを増しています。 皆様も気がついて居られるでしょうがこの記事には [プロローグ] があります。 ただ投稿記事を紹介するだけではなくブログの主である爺もなにか気が利いた一言を添えたいと思ったからなのですが、それが思ったよりたいへんで苦労しています。 時々ジョージさんに喜んで貰えることもあってやめられずにいます。 

またジョージさんの本文の記述に色変りの箇所がありますが、これは投稿者が意図したものでなく、全て爺のなせるところであります。 云ってみれば、[編集者・註] のようなものでしょうか。 このことについては勿論投稿者のジョージさんには一言の相談も報告もしていません。 この所業は無論執筆者にたいして大変失礼なことであることは重々承知しておりますし、読者の方にも煩雑だと不快に思われる方もあるやもしれません。 しかし幸いなことに、ジョージさんは太っ腹で細かいことにはとやかく言わない方なので、こうして20数回にも無事記事が続いております。 これからもジョージさんをはじめ読者の皆様のご理解と暖かいご支援を望んでやみません。・・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月 6日 (土)

オーラを放つ逸品・その24

    * 何故か人々の心を揺らす「中宮詞」のエンタ ・・・・・・

季節局と云うだけで何故か蒐集家の心を捉えて止まない中宮詞の消印。 今日の逸品は中でも珍しい外国向けの美しい書留書状です。 日本有数の避暑地から、真夏のシベリア鉄道に揺られて、いったい何が送られたのだろうか ・・・・・ ジョージさんは本当に好い品を持って居られる。・・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

    Ws0034_2

             Ws0035

オーラを放つ逸品


エコの達人 使えるものはいつまでも

データ:菊20銭貼 櫛型印中宮祠43.7.22→TOKIO→ドイツ(裏面着印有)

 最近はリサイクルだとかエコだとかの必要性が取りざたされています。 しかし、50年前までは今よりも物を大切に使っていたものです。 私の幼い頃には近所に鍛冶屋さんがいて、穴の開いた鍋や取っ手の取れたやかんなどは、ここで直してもらって使っていました。 服も姉のお古を母が仕立て直して作ってくれました。 ほころびができれば余り布で繕ってくれましたし、擦り切れたら雑巾にして使ったものです。 古紙はこよりにして紐として使ったこともありました。 昭和の中期でさえこのような有様でしたから、明治時代ではありとあらゆる物がリサイクルされていたものと思われます。 よく旧家の襖の中からエンタが出てきたという話を耳にしますが、紙が貴重品だった当時としてはごく当たり前のことだったのでしょう。 一度郵便に使われた封筒を裏返しにして再利用されているものもたまに見かけます。 中には表はありふれた使用例で裏は珍しい局名や使われ方をしているものもあるわけで、こんなときは思わずガッツポーズが出てしまいます。 ・・・画像のエンタは封筒を裏返しにして使っているものではありませんが、明治時代の人間の物を大切に扱う姿が映し出されています。 もう一度画像をよーく見てください。 ヒントを差し上げましょう。 書留ラベルです。 もうお分かりになったでしょう。 中宮祠の祠が旧字体になっています。 旧字体は丸一印時代には正規の局名として使われていました。 櫛型印になってから現在の字体が使われるようになったのです。 中宮祠局では櫛型印は配布されたものの、その他の印は配布されなかったようです。 結果として今まで使っていたものをそのまま使っていたのでしょう。 それにしても、書留ラベルに押された印影は全く潰れた跡がありません。 書留の取り扱い量がいかに少なかったかを物語る貴重なマテリアルだと思います。 このエンタはヤフオクで入手しました。 設定金額は中宮祠の印影+書留ラベルの値段にしました。 落札にいたるまでの経過はほとんど忘れてしまいましたが、他の入札者は中宮祠局の外国郵便使用例として値段を設定されていたようです。 書留ラベル分だけ金額を上乗せした(プラス1万円)私の勝ちでした。 外郵便は欧文消で揃えるのがセオリーと思われている方には到底寄り付きもできない価格(21510円)での落札となりました。 屁理屈はともかくとして姿のよいエンタです。 加えてTOKIOの中継印と旧字体の書留ラベルは魅力的です。 季節局の特質や外郵便の中継局が一目瞭然のすばらしいマテリアルだと思っています。 ちなみに、当然のことながら温泉、大洗の季節局にも照準を合わせています。 いつになったら獲れることやら見当はつきませんけど・・。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年6月12日 (金)

オーラを放つ逸品・その25

    * ひとの欲望には限りがありません ・・・・

と云ってもこれは上を目指してやまない蒐集家の性(さが)とも言うべき望みのことです。 今日の逸品は、地味ですがなかなか完品が見つからない 「☐☐☐☐がお題です。 中でも珍しい赤色の、そう書留配達証明ですぞ。 いったい何が送られたのだろうか ・・・・・ ジョージさんは、ひねったものはちゃんと持っています。・・・・・さすが。

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

オーラを放つ逸品

小包送票はありふれていても・・・・

データ:

菊5銭、10銭貼 櫛型京都七条米濱43.7.7后5-6→大阪 

書留小包 配達証明


 いったい、この世の郵便物の中で小包郵便ほどコレクションの収まり具合がみっともないものはないでしょう。 運がよければ宛先と小包送票の部分を切り取ってフロントカバーにできますが、悪くすれば小包送票だけを切り取ってアルバムに収めなければなりません。 内容物も紙片ではない場合がほとんどですから凹凸があり、そのためにエンタイアに跡が残る場合もしばしば起こります。 小包郵便の制度は明治25年からありますから、存在数は多いはずなのですが、完品の実物はめったにお目にかかれません。 ところが、小包送票だけならいくらでもあり、値段も安いものばかりです。 従って、完品がオークションに売りに出されても値段のつけ方は難しいと思います。 ・・・私は1通だけ小包のエンタを所持しています。 

  :

Souhyou1

このエンタの料金は、書留小包(12銭)+配達証明(3銭)=15銭です。 ほぼこれで完品状態と思います。大きさはB5判よりも一回りくらい小さな厚手の封筒です。 封筒の表に大きく宛先が書かれ、大阪の到着印の代わりに到着日を示す日付だけの紫印が見られます。 そして裏側に切手が貼られた小包送票が貼られています。 書留配達証明便なので乙票(赤色)です。 

                               Souhyou2

           Souhyou3_2

封筒も目立った傷は見当たりません。 中身は大切なものだったようで配達証明扱いにされています。 これで宛先と小包送票が同じ面に貼られていたら完璧なのですが、世の中はそれほど甘くはありませんでした。 ・・・このエンタは菊切手を専門的に集め始めるようになった最初期にコレクションに入れました。 今流行のパソコンどころか一昔前に流行したワープロを導入する以前に買ったコレクションですから、買った値段も購入先も分かりません。 この頃は単片の使用例を専門に集めていましたから、買った値段はケーキ1個分のお小遣い程度だったはずです。 ただひとつ、しっかりと覚えていることは、菊のコレクションをほとんどすべて手放したときも、これだけは売りに出さずに手元に残していたことです。 残したものは、これと2銭貼広東宛印刷物とAR印付外郵到達証明便の3点でした。 理由はいずれの品も購入した値段はかなり安かったのですが、珍しい使用例に思えたから、オークションで安い値段で落札されるくらいなら残したほうがましと判断したからです。 今でもこの判断は正解だったと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月19日 (金)

オーラを放つ逸品・その26

  *ひとの欲望には限りがない・・ なーんてまた呟いてみたくなるお題です・・

今週もまた一声足りない「逸品?」だと嘆いてみせるジョージさんです。 時代もぐっとさがった昭和の二二六事件のような大事件の一報でも欲しかったのでしょうか?・・・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

オーラを放つ逸品

旅の旅情に最も似つかわしくない差出人

データ:新小判4銭貼 丸一印鉄道郵便東京前橋間29.3.11上りニ便→大宮郷

 日付印の中で最も旅情を思い起こすものといえば何と言っても鉄道郵便でしょう。 車窓に映る景色の変化を楽しみながら筆をしたため、名も知らぬ駅のポストに投函する。 さながら映画のワンシーンのような情景です。しかしながら実際にこのように旅先で投函された鉄道郵便印は稀なような気がします。 鉄道郵便は家や会社の中で書かれ、汽車に乗るついでに、たまたま駅のポストに投函されたものか、建物から最寄のポストが駅にあって生活の一部としていつも利用している例がほとんどなのでしょう。 ・・・私は以前から新小判4銭を代表する使用例を捜し求めてきました。 第一候補は野戦局の重量便、第二候補は在外国局しかも珍局の重量便でした。 求めるエンタへの志は高いのですが、なかなか見合ったものは出てきませんでした。 そんな折に、ヤフオクでこのエンタを見かけました。 

      A

                       Photo

鉄道郵便の重量便はそこそこ見かける組み合わせでしたが、出品タイトルの隣に『第一師団司令部差出』と書かれていたのに興味を惹かれました。 司令部といえば軍の中枢機関です。 信書であれ葉書であれ、しかるべき郵便局から差し出すのが通例のはずです。 当時の軍隊の威光は、それはもう絶対的なものであったようです。 それを証明する資料こそありませんが、たぶん差し出された郵便物は、普通便であっても特別便の扱いをされていたように思います。 万が一にも受取先に届かないような事態になればどのようなお咎めを受けるか分かったものではありませんから。 ・・・そのような目で出品物を見ますと、確かに印は掠れもブレもなくしっかりと押されています。 私は迷うことなくカタログ値とは全くかけ離れた値段で入札しました。 落札価格も然るべき値段まで競り上がったことは言うまでもありませんでした。 届いたエンタには中身の一部が入っていました。 個人宛のもので 『別紙の御沙汰書を送付したので受領票を速やかに送付(返送)するように』 との付箋がありました。 軍所属の文官が差し出したものだと思われます。 付箋の日付は3月6日ですから、5日間も手紙を出し忘れていたのでしょう。 第一師団は東京の警護を主任務としており、司令部は東京にあったはずです。 なのに、上りの便(東京行)に投函されたということは、用事の帰りに手紙のことを思い出し、駅のポストに投函したものに違いありません。 それにしても、このような最もお堅い公文書が最も物見遊山的な消印で送られたことには苦笑を禁じ得ません。 尤もおもてに 『大至急』 の文字が入って、内容が何らかの事件に関わるものであったなら、鉄道郵便で急ぎ送るにふさわしい珠玉のエンタとなったでしょうに。 う~ん、やっぱり至高のエンタというのは簡単に拾えるものではないようです。 このエンタを手にして一句。 『珍しさも 中くらいなり おらが春』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月26日 (金)

オーラを放つ逸品・その27

  *これぞほんもの。 異論はありません・・・・・

そうです。 これぞ真のオーラを放つ逸品です。 もちろん、私も初見の抹消印です。 その消しの鮮明で姿の好いこと! まさに云う事ない逸品です。・・・・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

    Kikugunji1_2

オーラを放つ逸品

記録を更新することのうれしさ

データ:菊軍事3銭貼櫛型SHANHAIKWAN9.1.12 I.J.P.A

→岐阜・竹ヶ鼻45.1.14
 これはつい先頃のヤフオクで入手したものですから、ご存知の方もおありかと思います。 このエンタの消印が欧文印だったので、中国の使用例と考え、一応の入札値で仮押さえをしました。 まあ、犬が電柱にオシッコをひっかけてテリトリーを主張するようなものですね。 今まで菊軍事のエンタを2通ほど入手しましたが、ありふれた消印だと、すぐに飽きてしまって手放してしまいます。 やはりそれなりのプレミアムがないと、ゼネラルでも面白みがありません。 この時点では、普通の山海関の使用例として気楽に考えていました。 ・・・そして、いつものように山海関の櫛型欧文印について文献で調べました。 すると、普通の山海関局はC欄 I.J.P.Oであり、C欄 I.J.P.Aは灤(らん)州という山海関の出張所であることが分かりました。 わずか1字違いが何倍もの価値の違いになるのですから、切手収集は奥の深いものです。 この局では、普通の櫛型印と中国特有の時刻入り櫛型印とが一時期は混在し、しかも普通の櫛型印は確認されている使用期間がわずか6ヶ月間でした。 確認されている印はゴム印だけです。 最初期使用例は1月29日と記載されていますから、このエンタは記録を20日更新しています。 加えて開局の公示はなかったらしく、脚注には「秘密局らしい」とまで書いてありました。 以上のことから考えると、この使用例は日本中にも、ほんのひと握りしか存在せず、しかも最初期使用の記録更新というとんでもないプレミアムがついていることを知りました。 この時点で、気楽な入札値が落札希望値に様変わりしたのは言うまでもありません。 終了の2時間前に一度高値更新されました。 入札された方の評価履歴からこの方の収集分野を見てみますと、中国の軍事郵便や中国での使用例を熱心に集めておられることが想像できました。 このような逸品はこの方のコレクションにあるべきと考え、一時は身を引こうと思ったのですが、消印の魅力に抗しきれず、再入札してしまいました。 もし、それ以上の値段を入れてこられても再々入札などという失礼なことはいたしません、と誓ったことは申すまでもありません。 結果は、その後誰の寄り付きもなく、103000円で落札できました。 ・・・エンタの差出人は山海関派遣隊に所属する軍人さんでした。 

                                   Kikugunji2_2

どうもこの局は兵営内に設置されていたような気がします。 また、切手には髪の毛が挟まれています。 (拡大して見てください)

                                 Kikugunji3_2

偶然ではなく、軍人さんが何らかの意図をもって、髪の毛を送られたのかもしれません。 異国での軍事行動でどのような任務に就かれていたのか、残念ながら私の平和ボケした頭では想像すらできません。 それにつけても、近年のイラクを例にとっても分かるように、戦後処理の難しさという歴史の重みがズシリと伝わってくるエンタではあります。

ヒロジージの追記

本日アクセス数が目出度く 20,000の大台にのせました。 これも一重にジョージさんはじめ読者の皆様の熱いご支援のお陰と感謝しております。 この記念すべき日にこの素晴らしい「逸品」を投稿くださってブログを飾っていただきとても嬉しく思っております。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 3日 (金)

オーラを放つ逸品・その28

  *新たな企画の「オーラ記事」です・・・・・

毎週のジョージさんの投稿記事も30回に迫る人気ぶりですが、予ねてからその収集されておられる素晴らしい小判や菊切手の単片にまつわるいろいろな話を記事にして欲しいと願っていました。 このブログ開設の初期、選り抜き一種一点などでその一部が紹介されましたが、この新企画ではもっと掘り下げた解説(貴重な情報である入手時の市価状況など)と詳細な画像が期待されます。

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

オーラを放つ逸品

フランス船内印

紹介する4点のデータ:

①旧小判5銭エスパルト紙11s×9s横連 八角3 OCT 80 YOKOHAMA PAQFRS. 3 

旧小判10銭 ワラ11  22 DEC 83 LIGNE S PAQFR 2 

新小判10銭 P13 八角 30 SEPT 90 LIGNE N PAQFR 2  

菊15銭 P12 八角 12 JUIN 10 LIGNE N PAQFR 8 

 以前にも書きましたように、単片での紹介は難しいです。 何度か試みたことはあるのですが、どうしても1枚の切手だけでは短文にしかなりません。 ところが、以前、離島・僻地の切手を複数で紹介したときはけっこう書きやすかったことを思い出しました。 そこで、数枚の切手をテーマに基づいて紹介をすることを思いつきました。 どのようなテーマを設定するのかは全く未定ですが、挑戦してみることにします。 単片シリーズの第1回目は日本とフランスの架け橋ともいうべきフランス船内印を紹介します。 ・・・フランス船内印は明治時代から昭和時代にかけて幅広い年代に見られる消印です。 それでいて数は少なく、姿は美しい。 自分としては日本のどの欧文印よりも好きな消印です。 印の形は初期の頃から八角形と円形があります。 表記の仕方は円内に年月日が、外周には船の便号らしきものやパクボーの略字などが見られます。 私の手元には1880年~1910年までの印影が集まりました。 フランス船内印はその独特の形から相当の薄消でもそれと判別できますが、私は日付が読め、外周のデータもできるだけ判読できるものを好んでコレクションに入れています。 将来はヒロジージさんのサージュにおける消印の分類を真似て、タイプ別の分類を試みたいと密かに思っているからです。 (実現するのは死ぬまで無理のような気がしますけど。) 

まずは以下の画像をご覧ください。

               Sennai1

は完影の逸品です。 外国郵便の始まりが1875年と言われていますから、日本における船内印使用例としては比較的初期の印影のような気がします。外周にYOKOHAMAの文字がしっかりと読みとれるのも魅力的です。(145000円 タカハシ)  

                        Sennai2

                         Sennai3

②③はフランス船内印の台切手としては最もありふれた額面です。 外信便の基本額面ですからフランス船内印は実逓便として通用していたことがこの事実からも分かります。 (2万円 不明 23000円 ジャパン)  

                         Sennai4

は珍しい額面に満月印です。 オーダーキャンセルかもしれませんが、ここまできれいだといくらお金を支払ってもあとで後悔することもありません。 (72000円 ジャパン) ・・・ところで、フランス船内印にはパクボーの表示があります。 本来、船はフランス国籍のはずですから、船内で投函すれば日本の切手は使えなかったはずです。 ひょっとしたら、船の桟橋の端にポストを設置して日本からの郵便を受け付けてくれたのでしょうかね。 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月10日 (金)

オーラを放つ逸品・その29

*前回のオーラ記事はエキゾチックなフランス船内印・・一転今日は渋い不統一印です・・

どれをみても、みな珠玉のような逸品ぞろいです。 小判切手の収集家ならば何時か自分も一点でもいいから欲しいと願う不統一印、それを5点も揃えながら、なおも増やす事を願って止まないジョージさん。 飽く事のないその情熱には脱帽です。・・・・・

[ 以下、週末恒例のジョージさんの投稿記事です ]

オーラを放つ逸品

旧小判と不統一印

データ:

2銭狸E紙 11S×9S  紀伊日(足) 

1銭黒E紙 10 一色検 

2銭狸無地紙 9s 中戸次 

4銭青緑無地紙 10 小田 

1銭黒薄紙 11 郵便/底倉証  

 私が、旧小判を集めてみようと思った動機は、紙質や目打が実にバラエティ豊かで、4銭切手に代表されるように刷色の変化も楽しめるからです。 それともう一つの理由は消印の豊富さでした。 特に不統一印は一つひとつの印影が自己主張をし合うように全く別の顔を持っており、とても魅力的でした。 当時は1枚だけでも欲しいものだと憧れていたものです。 いつの間にか5枚も集まってしまいました。 それが今では、あと5枚は欲しいなと欲張るようになってしまいました。 以下に私が所持している切手を紹介しますが、入手した順の並びにいたしました。

 ・・・最初に入手したものが 紀伊日足です。 この切手を入手するまでに、何回か狸の不統一印を見てきました。 安いもので5万円、高くて15万円くらいが相場でした。 完影ではありませんでしたが、国名が分かるのでちょうどいいと思い、6万円で落札しました。(ジャパン)  

             Futo1_2

次に落札したのが 一色検でした。 台の色が黒なので白抜系の印影がよく目立つものが欲しかったので、かなり思い切った値段で入札し、10万円で落札しました。(MSA)

              Futo2

                                             Futo2a

中戸次は郵便局沿革録と記番印カタログで、不統一印の条件に合うことを確認しての落札でした。 ちょうどこの時期に、郵便局の開局日から小判切手に不統一印が使われたかを調べ、記番印カタログで局の記番印がないことを確認するという方法を身につけたので、殊更うれしい入手品となりました。(32000円 日フィラ) 

               Futo3

                                                 Futo3a